第3話
男の誘いに乗って、その場所まで案内してもらうことになった。
この川の上流だが川伝いに歩いて行ける場所ではなく、いったん河原から離れて森の中に入るという。
とりあえず、最初は水面のきらめきを横目で見ながら、川に沿って上流へ向かって歩く。
「ほう、隣の県から来たのですか」
「ええ、でも『隣の県』といっても、車なら二時間もかかりませんからね。ほら、ここは初心者でもよく釣れる場所だ、と聞きまして……。せっかくなら、そういう場所で始めたいでしょう?」
「では、この川で釣るのが初めてどころか、鮎釣り自体、今日が初めてなのですな」
「そうです。色々と教えてもらいたいくらいですよ」
歩きながら、たわいもない話をしていく。
男は地元の人間であり、鮎釣りのシーズンになれば、毎日のように
互いに名前は名乗らなかったし、身分や職業なども告げなかったが、釣りの話が出来れば十分。こうして二人で歩いていると、まるで昔からの親友みたいな居心地の良さだった。
「ほら、そこです。そこの木々の間を入っていくと、上流への抜け道になっていて……」
「なるほど。ちょうど川も蛇行していますし、それをショートカットする形ですね」
そして河原から森に入ろうとする直前、
「おや、向こうから誰か来たようですな」
と彼が言ったように、河原を歩く釣り人とすれ違う。
長い竿を手にしており、私たちと同じく鮎釣りの人だった。黒色のフィッシングジャケットを着ている。
上流から下流へ向かう格好だが、これから私たちが行こうとする場所までは、河原は続いていないはず。そこより手前から来たのだろう。
「……」
黒いジャケットの男は、胡散臭そうな表情を浮かべて、無言で私たちに視線を向けていた。
そういう対応をされると、こちらも挨拶しづらい。一言も交わさずにすれ違う形になった。
「まあ、気にしないことですな。釣り人の中には、ああいう無愛想なタイプもいますから……」
「大丈夫です。その程度のこと、ちゃんとわかっていますよ」
隣を歩く男に対して、私は微笑んでみせる。
少なくとも一人、ここで新たな釣り友達が出来たのだから、それで十分ではないか。そんな気持ちを込めた笑顔だった。
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