answer me....


 腕時計をのぞきこんでも今日もちゃんと時間は進んでるのに、君との時間はもう進まない。


 止まったままの砂時計のなか、一人で立ち尽くすだけの僕の姿、情けなくて笑える。


「前にも言ったよね、次は許さないって」

「……ごめんなさい。でも、一番はあなたなの……」


 騒がしいカップルだ、って笑われた一年前のことが遠い昔みたいに感じる。


 愛する、ってどういう意味だったっけ?


「もう遅いよ、君も疲れたでしょ」


 そりゃ僕だって、暗い話は好きじゃないし、こんな居心地の悪い夜、どうでもいいやって蹴とばしたい。


 浮気なんて忘れて、大学時代みたいにクラブで酔って踊って過ごしたいけど。


 そうしたら、忘れられる気がするけど、でも、忘れるのが最善じゃないことなんて、最初から分かってるんだ。


「わたしはあなたしか見てないの。反省してるわ、今度は絶対に……」

「前にも聞いたな、そのセリフ」


 頭のなかで、ゆっくりさざなみが音を増していく。


 君の声がだんだん聞こえなくなって、ああ、なんでだろう、懐かしい思い出だけが頭で再生される。



 留学先のユニバーシティで受ける最初の講義で、となりに座っていたのが彼女だった。


「まじかよ、ペンない……ねえ、あんた! ペン貸してくんない!?」

「え、僕?」

「あんたしかいないでしょ! ペンないの!」

「うーん、はい。ペン」


 初めて交わした会話。はじめから近すぎるパーソナルスペース。


「あ、シャープペンシル、ってことは日本人?」

「え、なんで……」

「こっちじゃあ、ペンしか使わないよ。友達に日本人いてさ、あいつもシャープペンシル使ってるからさ! わたし日本大好きなの!」


 その後も何かと声をかけてくるようになった。ドライブデートやら、ゲーセンやら、こっちでの生活文化はほとんど彼女に教えてもらった。


 アリー、ステフ、ソフィー、アレックス、エド。


 明るくてばかみたいにおちゃける、騒がしくて太陽みたいな集団で、なんでか僕のことをやけに気に入っていた。


「ステフ、近くない?」

「え? そう?」


 距離が近すぎる違和感には気がついていたけれど、なんとなく好意には気がついていたから本気で拒絶はしなかった。



 ある日、キスをした。本気じゃないし、事故だし。でも間近で見たステフの目が、なんだか熱くて。


「付き合う?」

「……うん」


 わたしが付き合うって言いたかったのにー! って悔しがるステフにもう一回キスしたら、顔をぼっと赤くさせて結構強めに胸を叩かれた、交際一日目。




 君との世界に終止符を打てば、もうちょっとだけ遠ざかってくれるかな。……それに、耐えられるかな。


 ああ、空に聞きたい、「愛する」にはどうすればよかったの。愛してるって言葉、どういう意味だったの。


 ああ、悔しいな。なんで? どうして? 君なしじゃなんで僕はこんなにだめなんだろう。


 今、依存してる。


 気持ち悪いくらいに片付いた部屋に、君が好きだっていうから変わってしまった僕のスタイルに、君が知っていた以前の僕じゃない僕に、依存してる。


 ああ、気持ちが悪い。


 こんなにも愛することを後悔したことも"goodbye"が切り出せない僕も。


「浮気したのは君だよ、ステフ」

「……そうね」


 一体、どうして。なんで、なんでよ、君じゃなきゃダメな理由を教えてよ、お願いだから。


 どうして僕たちはうまくいかないんだろう。


 どうして、一体どうして、別れようが出てこないんだろう。


「別れるの?」


 涙なんて、今はいらない。不必要だ。男の僕に、情けないボーイフレンドの僕に、涙は必要ない。


 だめだ、僕、弱い姿を見せるな。


 やっと別れられる。やっと離れられる。やっと、一人で歩いていける。うれしいはずなのに、なんでこんなにも進む一歩が苦しいんだ。


 なんで、こんなに好きなんだよ……。



 僕のそばにいてくれないかな。ただ、僕のそばにいてよ。


 別れたとしても、この胸の痛みがどんなに苦しくても、なんにも言わずに君を忘れたふりをして過ごしていたら、また出会えるかな。


 今度は偶然じゃなくて、必然みたいに。運命みたいに。



「ステフ」

「……なあに?」


 まっすぐに視線を上げた彼女の瞳は、熱くて、強くて、やっぱり涙があった。


 なんで、僕たちはだめなんだろう。なんで、君じゃなきゃだめなんだろう、教えてよ。


「別れよう、僕たち」

「……今まで、ありがとう」


 砂時計が、止まる。

 もう落ちる砂がなくなったから、時間が止まったから。


 「愛する」ってどうすればよかったの?

 ねえ、答えてよ。頷くだけでもいいから。瞬くだけでもいいから。嘘だったとしてもいいから、答えてよ……。


 なんで、教えてよ。


 遠くなる君の背中。


 君しかいけなかった、君じゃなきゃだめだった、ただそれだけが僕が覚えている愛だったんだ。


 なんでだよ、なんでだろう。


 なんで僕たちはだめなんだろう。


 引き留めるな。もう背を向けろ。もうお別れだよ、お別れしなきゃ。別れなきゃだめだったんだ。



 ……じゃあね。さようなら。


       了

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