第287話 殴り込み

フィンを最大スロットルにしたら、思ったより強く発生する水流にガクガク頭が持ってかれて慌てて首回りの人工筋肉を固定する。

 体の曲げ具合で進路調整しながらじわじわと距離を詰めていく。

 アシストスーツの細かい凹凸が渦を発生させ、スピードダウンになっているのが分かるが、今はどうしようもない。


”おのこ!待て!もう追うな!”


”何だよ!?”


”潜水速度が一分で二十メートル超える!鮫島が持たんぞ!”


 水圧か。くそっ。


”遠巻きにもう把握出来とる。包囲はゆっくり狭めていけば良かろ”


 こっちが追わなくなったら明らかにスピードが落ちた。

 逃げてるタコたちも水圧管理はナチュラルなのだろう。

 何かしら機材持ってれば隠れても金属とか電磁波反応でこっちから丸見えになるもんな。

 本体はノンファージで地形と同化してるけど、今は鮫島引っぱってるから普通に居場所が丸見えだ。


”信じるぞ”


”データは共有させよう。六十メートルからの深海はどうしても甘くなる。機材は取り寄せとるが、半日かかる。貝塚に頼んだ方が良いかもの”


 高水圧環境下でのファージ誘導は未体験だ。

 炭田で金持たちからもっとちゃんと教わっておけば良かった。

 あいつらも、地下市民とかも、地下超深度で一気圧維持とか恐ろしい事やってたからな。

 俺のファージ走査では既に把握できていない。

 つつみちゃんのソナーでも危うい。ヘリ周辺のスフィアが海中探査に対応していないんだ。

 ヘリからのレーダーでは既に鮫島の装備してる機材が薄っすら判別できる程度だ。

 こうなったらカエルちゃんたちだけが頼りだ。


”つつみちゃん”


”うん?”


”貝塚に深海探索とかお願いできるかな?”


”兵装コミで?”


”うん。どうだろ?”


”聞いてみるけど。まだ潜んでるんだからね。自分も注意してよ?”


 色よい返事が直ぐの直ぐで期待できるとは思っていない。

 あんな連れ去り方したんだ、殺しはしないだろうが、鮫島のタンクはもったとしても残り一時間は切っている。律儀に補給してくれるとは思えない。

 古田辺りに確認しておくか。


”了解。古田に生命維持装置の残り時間の確認も、俺はカエルちゃんたちとサーチするわ”


”りょ。防衛甘いから一旦切るよ”


 生きててくれよ。

 そして気が焦る。

 癌でも埋め込まれたらたまったもんじゃない。




 二分もしない内に前からカエルが一匹近づいて来るのが確認出来た。

 この辺りのショゴス汚れは既に海流に洗い流されて、近くに来て視認できるようになった。

 銛を持ったボロ海藻の塊みたいで、一目でカエルには見えないのだが。

 何の合図だろう?こちらに向けて銛を振っている。

 薄暗い中、音も無く寄ってきて心臓に悪い。


”ついて行ってくれや”


 海底の岩場を這うように泳ぎ、流されないようについて行く。

 前を泳ぐカエルは余裕そうに見えるけど、この辺りの流れはぐちゃぐちゃだ。

 段々と水が冷たくなってきて、もうサーモを起動しないと低体温症になるレベルだ。

 向かって来る急流の中いきなり砂混じりで横殴りの濁流があったり、瞬間的に後ろに流されたりする。

 ファージ誘導から海流をトレースしたけど、データは取れるんだが流れがぐちゃぐちゃ過ぎて、俺の現在のスペックでは綺麗に表示できないので諦めた。

 俺がメインで使ってたファージネットワークは弱すぎて既に維持されていない。上とのネット接続は舞原のファージ経由だけだ。

 俺らって海にこんなに弱かったんだな。


”上からは観測機器で確認出来んが、その丁度百メートル先で消えとる。何か隠れ家があらぬか?”


”消えた!?”


 なんだよそれ!大丈夫か!?


 近づいていくと、ああ。

 見えてきた。

 確かに、上からは小高い岩場にしか見えないだろう。


”舞原。映像共有出来てるか?”


”ああ”


 城だ。

 ぼんやりと淡い日光に浮かび上がる岩場は、まるっと砦になっている。

 大きさは、距離感が狂って良く分からない。

 上からのデータと照らし合わせれば、見えている残骸の森となっている迷路の部分だけで五百メートル、一番高いところは海底から五十メートルはある。

 ごちゃごちゃに突き刺さった船の残骸や係留物も自然の要害となり、岩場の上の方では海藻の森の中、膨大な量のショゴスが群がり、肉の渦巻きとなって回遊している。

 アレ魚じゃないよな?ショゴスだよな?

 鷲宮はショゴスを完全にコントロールしているのか?

 こんな間近にテロリストの巣窟があったなんて、笑い話にもならない。


”仕切り直しじゃ。戻ってこう。探査用機材が届いてから貝塚と擦り合わせるで”


 いつかはやらなきゃだが、別に今こいつらをどうこうするつもりは無い。

 それより問題は。


”鮫島が無事でいられる保障はあるのか”


 返事は無い。

 暴行されたり踊り喰いならまだマシだ。

 癌化させられたり、頭弄られたり、磔で長々と拷問凌辱されるのは断じて看過できない。


 言わないのが答えだ。

 なら俺の選択は一つだ。


”水中でのステルスは、カエルたちはどうやっているんだ?”


 俺より遥か前方でショゴスたちの目の前に潜んでいるカエルは見付かっていない。

 俺が知らないステルスをやっている。


”滅多な事すんなや。相方が怒り狂っとる”


 今、つつみちゃんとの通信可能距離に入ったら、アトムスーツのコントロール権を奪われてそのまま土座衛門状態で水揚げされてしまう。

 優先順位的に鮫島より俺の命の方が付加価値が高いのは分かってはいるが、それはそれ。

 後悔はしたくない。


”後で土下座でも脳缶でもするさ”


 鼻で笑った舞原が裕子に何か指示を出している。

 圧縮データが一つ送られてきた。


”そのままは使えん。参考にはなる筈じゃ。使いこなせたらわっしがつつみ殿に一緒に叱られてやるで”


 外部端末で展開してみると、中身は単純なファージ誘導のプリセットだった。

 構造的には貝塚が使っていた疑似表示ステルスよりもっとシンプルだ。

 どちらかというと光学的な量子ステルスに似ていて、水中でのファージネットワークを屈折させる働きをしている。

 かなり省エネだな。

 音や可視光はコントロールしていないから、そっち系で視られたら意味が無い隠れ方だ。

 ああ、消費電力が少ないから、電子的にも隠れられるのか。

 種子島が囲まれた時にカエルたちが使ってたのはコレだったから見つけにくかったんだな。

 こいつらは経験則からこの隠れ方を思い付いたのか?

 狩りに必要な能力なのだろうか。本能で身に着けた能力だとしたら凄いな。

 っと、解析は後。仕組みは簡単だ。

 俺が注意すべきなのは消費電力を出来るだけ抑えて電子的に見付からないように気を付ける事。

 体内の誘導のみなので瞬殺だ。


”どうだ?合格か?”


”良かろう。奴が通ったルートは今表示させた。罠の可能性大じゃぞ”


”上等”


 容赦はしない。

 対テロに必要なのは寛容でも対話でも無い。


 ルートを一本ずらしてカエルと共に海底を這う。

 時々カエルが銛で指している箇所は、海藻に紛れて蚊幕っぽいモノが張ってある。テグスで出来ているのか、針も非常に見えにくい。

 音響でもレーダーでも視認でも難しい。カエルに言われなければ普通に気付かなくて引っかかったな。

 後で見つけ方教えてもらおう。


 頭の上は元々暗かったのだが、無数に泳ぐショゴスたちで既に海面からの光は完全遮断されて真っ暗だ。

 こいつら、感覚器はファージだけなのか?

 目も耳も鼻も機能してないのだろうか?ヒヤヒヤする。

 カエルが平気そうだから大丈夫なのか?


 構造物の縁までたどり着いた。

 沈没した大型船の船体に開いた穴へ続いている。

 ここからは入りたくないな。

 カエルが何かに気付いて頭を船体に寄せたので俺も真似をする。

 表面が毛糸っぽい藻だと思ったら、全部虫だった。

 俺らが寄ったのに反応してヒュッと引っ込んだ。

 ボロボロの船体表面一面がソイツの巣になっている。

 気持ち悪りぃ。

 我慢してメットを寄せる。


 何か聞こえる。


 体表面のソナー化をして耳を澄ます。


 ジャラリと金属の音。叫び声。水音!戦闘音!


 急いで泳ぎ出す俺にカエルもついて来る。


 容赦はしない。

 全力でいく。


 隙間から船体の中に入ると、二十メートル先、瓦礫に囲まれた水面が見えて、明かりが灯っているのが分かる。

 水面が揺らいでいる。まだ誰かが暴れている!


 ステルス状態のまま朽ちた建材やらパイプやらでバリケード気味の水中から全速力で水面目掛けて飛び出し、撃たれても対処できる様にファージ走査は全開。


 一瞬で片付けてやる。


 水面から跳ね上がって浅瀬に着地するまでの間に可能な限り把握する。


 気配が無かったから余程驚いたのか、全員が俺に釘付けになっている。

 目に入ってきた光景は、思っていたモノと大分違っていた。


 光源として、薄暗い集魚ライトがコードごと天井のダクトっぽいものからいくつかぶら下がっている。

 ゴミだらけの割と広いドックには、いくつもの山になった甲殻類の食いカスとそれに群がる大量のフナムシが蠢いている。人骨っぽいのもある。

 

 鮫島を連れ去ったテロタコ野郎たちは何十本もの銛に串刺しになって動けなくなっていた。

 水際で暴れていたのは鮫島だ、鎖を巻き付けられて四肢を引っぱられ、馬乗りになった魚人ぽい奴に今にも頭に金属塊を振り下ろされそうになっていた。


 ファージ含有しているな。

 迷ってる暇はない。


 周囲の奴ら全員を無力化。鮫島に馬乗りになっている奴にふわりと近づき、手に持っていた金属塊を蹴り飛ばした後、もう片方の足でそいつの頭を蹴り飛ばす。

 アシストスーツ越しに、脚に首の骨を砕いた感覚。

 力を失ったそいつはグラリと倒れた。

 動ける奴らが何人かいる。慌てて逃げ出そうと藻掻いている。

 含有量が少ないんだ、四肢への神経伝達がブロック出来ていない。ファージぶっ刺さないと完全な無力化は出来ない!


 誰かが叫んだ。


「逃げろ!捕食者だ!」


 はぁっ!?


「冗談は死んでから言え!テロ野郎共!」


 俺が怒鳴ると全員が止まった。

 何だ?


「照屋・・・くん?」


 叫んだそいつを見て鮫島も驚いている。


「え?嘘。鮫島室長?」


 鮫島は震える声でそいつをじっと見ている。


「何だ?知り合いか?」


 殺されそうだったので容赦しなかったぞ?


 動ける魚人数人が、俺と鮫島を見た後、顔を見合わせて頷いている。

 そいつは俺に向き、極めて冷静な口調だ。

 この動けるやつらは含有量が極端に少ないな。強制接続が半分くらい弾かれた。

 今動けなくなった魚人共とはまた違うのか?


「これから我々がする事に目を瞑ってくれるなら、悪い様にはしません」


 剣呑な目つきで言われてもなあ。

 状況が不明過ぎる。


「俺らに危害が加えられたと判断したら容赦はしない」


 そいつは濁った眼で俺を見ながら頷いた。

 一応鮫島に確認するか。


「鮫島?」


「ええ」


 鮫島がオッケーした。


 なら今俺が言う事は無い。

 油断はせずに成り行きを見守る。

 ヨロヨロと歩き出した三人は、鷲宮の磔タコたちに刺さっていた銛を引き抜き、動けない奴らに止めを刺していってる。放置して良いのか?コレ。


”アレが本物なら、行方不明になってたうちの部署の照屋君です。見た目は似てませんが、声がそっくり”


 ヒトには見えない。

 見た目は皮膚が腐りかけた半魚人だ。

 カエルちゃんの方が数段小奇麗に見える。

 あれ、カエルちゃんは?と後ろを確認すると、水面から目だけ出して俺らを見ていた。

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