第64話 サーチ結果
本社十二階へは初めて下りた。
四角い本社ビルの十二階西側は柱が全て取り払われており、エレベーターを下りると、広々とした空間に窓と柱しかない。
丁度、西にショゴスの積乱雲が見える。
大宮からだと距離は二十キロ近くあるのだが、傾いてきた西日に照らされて赤く輝く雲は、目を凝らすと肉眼でも蠢いているのが確認できる。
目の前には急ピッチでごっつい機器が運び込まれ、現在進行形で設置されている。
「後一分で接続テストできるわ。準備は良い?」
手際良すぎ。
「俺の方の準備は、探知範囲、空気の管理、コントロール規模の数値化、ショゴスの反応の検証だ。何でこれするか聞かないのか?」
結果を見てから何をするか決める。いくつか案はある。
「また面白い事やってくれるんでしょ?」
ウィンクするのは卑怯だ。
スタッフへの指示出しを一通り終えたスミレさんは、珍しい事に電子タバコを取り出した。
俺が気付いたのを見て、苦笑いする。
「ファージの気密は間に合わなかったのよ。パッケージしないで空調からそのまま部屋に入れるわ。ショゴスの含まれた空気もサンプルがラボにあったんだけど、それも使う?」
あったのか。まぁ、今はいいや。そんなの流し込んだら後処理も面倒だろう。
「いや、大丈夫だ。皆は?」
「下でリハしてた。いきなり四十分はもたせないとだから、構成しっかり練りたいみたいね」
熊谷近辺に迫っているのは、減ったとはいえ概算で千九百万トンもある肉塊だ。
蟻の群れの進路変更とは訳が違う。
理屈ではなんとなく分かる、生き物の大群を綺麗に誘導するのは骨が折れる高難度な作業だ。
ファージの動きを見て、真似るくらいなら出来るかもしれないな。
今回、俺がすべき事はそこではない。
とりあえず、やってみるか。
「室内ファージ散布完了。射出したビーコン初弾起動まで五秒、最終ビーコン射出」
スミレさんの隣でバチバチ凄い勢いでキーボード叩いてたスタッフがログ三つ追いながらカウントダウンをしている。
「起点は九個所。ノーガードだから可動はもって二分。好きに使って」
空気中のファージに外部干渉を始めると、地の果てにサーチに引っかかる場所がぽつぽつと増えていく。自分が向こうにいる気分だ。性能良いな。
数は九か所。これがビーコンか。砂嵐の中で手探りしてる感覚だ。
上空の雲に刺さっているビーコンから始めよう。この辺りは強風にあおられる硬式肉風船の群れだ。サーチに反応され、鞭毛を生成して伸ばしてくる。これをどうやって操るんだ?形は分かるが、力を加えても動かせねぇ。サーチ範囲は、普通に二十メートル以上。視界は暗く、肉でほとんど遮られているので、密度の把握はファージに頼らないとだな。
中間に浮遊するビーコンは・・・、ここは風が縦横無尽に吹き荒れている。飛び交うショゴスは、えっと大きさ最小が四十ミクロンくらいか?花粉より少し大きいな。これ吸い込んでたのか・・・。よく死ななかったな。
最大は、ソフトボールくらいの塊がうねうねと時々浮いてたりするし、浮力を失ったダンプカーくらいの塊がゆっくり下降していったりしている。バカでかい竜巻状の物が三本視界にある。あそこに巻き込まれたら死ぬしかないな。
サーチ範囲を広げようとすると、隙間にショゴスの霧が押し寄せてきた。霧も群体行動かよ。でも、手探り感覚でファージを動かしたら無菌処理できる範囲がビーコンから二十メートルほどまで確保できた。風に関係なく瞬時に確保できるのでこれは良い。
地面は、と。上空のビーコンから見る、まるで蠢く溶岩の津波だ。肉の塊だと思っていたのだが割とスカスカに隙間がある。
網目状とまではいかないが、骨格も見受けられ、骨に付随する筋肉の動きが一番活発だ。アメーバ状の骨が無い部分や内臓は周囲に押されて転がっているだけだ。ビーコンからファージ操作を開始すると、即座に骨格付きのショゴス群体が肉の海を泳いでやってきた。ビーコンは五十センチの円筒形をしていて、プラスチックと金属でできているのだが、周囲を囲まれ、あっという間に潰されて壊れてしまった。上のビーコンから見ていたら、どうも分業化されている様だ。潰された後に、内臓系のショゴスが群がっている。消化できないと分かると、また無軌道に流されてゆく。
上空の一基が壊れた。
クラッキングも激しく、周囲のショゴスを常に押しのけていないとファージ伝いに内部まで侵入される。
ファージから餌の反応を検出している個体が多いのかな。
流石に、この大きさで脳みそ一個って事は無いだろう。
ファージを使って地表に落ちてたゴミを操作してみたが、操作中だと群がり、操作を離れると運動していても興味を示さなかった。
ファージ操作無しの無機物には反応しないくさいな。
プランが見えてきた。
「熊谷市役所より、投下地点が確定しました。熊谷の星川北、十七号沿いに五本。予測位置から変更無しなのでそのまま射出シークエンス開始します」
ヤマ張って狙いは熊谷にしていたらしい。
あっちのほうが金かかってるしな。
肉の進路も熊谷一直線として考えるか。
間隔は二百メートルとかなり短く取ってあるな。
補助エンジン無いのに衛星軌道から投下でこんなに細かく撃ち込めるのか?すげぇな。
まぁ、方針は決まった。
「ヘリポートにメンバーと機材移動してもらってケーブル車予備も熊谷に向けて走らせて」
俺を気にしながらも、スミレさんは迷いなく指示出ししている。
「決まったの?」
俺の目を見て気付いたようだ。
「メンバーの同意が必要だ。同意が得られれば時間の問題は無くなる」
俺が送った必要手順のリストを見てスミレさんの目端がほんのちょっとだけ引き攣った。
初めて見たが、スミレさんのそんな表情を見てしまった俺は、勝ちなのか。負けなのか。あ、睨まれた。
ごめんなさい。
「確かに、確認が必要ね。一緒にヘリポートまで来てくれる?」
有無を言わせない強引さで歩き出す。
移動中、秘書にリストを渡して同時進行の指示を出しているので、現実的なプランだとは認めたらしい。
屋上のヘリポートに着くと、メンバーとスタッフが言い争いをしていた。
俺らが近寄って行ったのに気付くと、金属袋と巨乳ドラマーが噛みついてくる。
「機材を無人機ヘリで運ぶってどういう事!これ幾らすると思ってるの!」
「何をするつもりなんだ!ショゴスの群れに機材放り込んで無人で叩かせるとか言うんじゃねぇよなぁ!?」
惜しいな。
つつみちゃんから恨み言の如く、機材のコスト金額がリスト化されてログで送られてきた。ファージ防衛用の機材は確かに、目ん玉が飛び出る価格だ。ショゴス専用にチューニングされている。どれもこれも手間暇かかった買い直しの利かないウルフェン専用の一点ものだろう。
スミレさんの視線が痛い。言う言う。言います。
「違う。ライヴ会場は」
失礼ながら。これは、俺の皆への試金石でもある。
一つ深呼吸。
「ウーファーパイルの上だ」
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