第52話 ブリーフィング

 植物状態だと思われていたサワグチヒマリのコピー体は、頭蓋骨を形成し、痛覚を切ったら直ぐに意識が戻った。

 苦しいので意図的に切っていたそうだ。

 人工呼吸器はそのままで、気管に舌の動きと連動するボンベを繋いだので、喋ることはできる。四肢はまだ無いがファージ経由でログ生成もできるから、意思疎通には問題ない。

 ただ、見た目に問題があり過ぎて、本人も恥ずかしがっているので、音声とチャットログでのコミュニケーションになった。

 万が一の盗聴を恐れて、隣の部屋への有線接続だ。


「皆、久しぶり。初めましての方もいるね」


 初めて聴く他のスリーパーの声は、発声がきついのか、少ししゃがれている、暗いが優しい声だった。

 ドラム二人とギターたちを抜くバンドメンバーとソフィアとスミレさんだけ部屋の中にいる。

 この部屋には椅子も無く。有線接続された壁掛けの端末のみだ。

 盗聴や盗撮を恐れてだろう。カメラでこちらの様子は確認しているみたいだが、画面はチャットログのみで向こう側は表示されていない。

 俺もアトムスーツの着用を命じられていた。

 つつみちゃんは感極まっている。

 これが偽物の線は無いのだろうか?


「つつみ。気付いてくれてありがとう。ガードが甘くなった隙をやっと作れて、ライヴに間に合って良かった。きっと呼んでくれると思ったよ」


 これが幸手の罠で、俺を誘き出す算段とか、普通にありえそうだ。

 音楽で神が呼び出せる世の中だ。

 意識を持つ肉の塊が生体接続者のコピーの振りをしても何の不思議もない。

 実は俺らへのスパイだったり。こいつ自体が幸手の罠を把握しておらず、自力でこの状態にもってきたと勘違いしてる可能性もある。

 でも、あれか。

 スミレさんいるしな。

 俺が考えるまでも無く、その程度は想定しているだろう。

 何十手先も読んでいる筈だ、あえて俺がどうこう言う必要は無いか。

 と、ここまで考えて、次のそいつの言葉で疑念は少なくなった。


「もう、生きるのが辛くてね。最後にどうしても、皆に会いたかったんだ」


 こいつ、死ぬ為に出現したのか?


「末期の水は君たちにやって欲しかったからね」


 確かにこいつは、俺の時代の人間だ、もしかしたらもう少し前の世代か。


「そんなの分からないよ。そんな事言わないで」


 つつみちゃんはボロボロ泣き出し、他のメンバーも渋い顔をしている。

 金属袋はどんな顔かは分からない。


「想定はしていたけど」


 スミレさんが口を挟んだ。

 話しながら隣の部屋のデータからサワグチの脳波を確認している。


「あなたが本当に生きているのなら、失うつもりは無いわ」


「スミレ。この状況自体が罠かもしれない。それに、あたしはもう疲れたんだ。あの頃の想いも熱意も、全て、擦り切れてしまった・・・。今はただ、安らかになりたい」


 拷問生活でも送っていたのだろうか。

 心が折れているのか。


「向こうはもう、脳と脊髄だけなんだ。とりあえず、ネクローシス起動するよ。一泡くらい奴らに吹かせてやりたいからね」


「待って!」


「待ちなさい!」


「おい、さわぐち」


 皆が俺の顔を見る。

 サワグチも俺を見た。


「そうか。随分重装だなとは思ったけど、君はスリーパーか」


 話が早いな。

 俺はメットを取る。

 スミレさんが額を押さえた。


 済まんの。


「そっち行くぞ」


「え、あ、ちょ!来ないでよ!嫌!」


 なんか叫んでいるが、無視して隣の部屋へ行く。

 ロックが掛かっているが、無視だ。

 バチコンとドアを開けると、カーテンの向こうで叫んでいる。


「ヤダヤダ!ちょっと!来ないでよぉ!」


 前を塞ぐ医療スタッフたちが俺の後ろを見て退いた。後ろでスミレさんが許可を出したのだろう。


「ああっ!もう・・・。ばかぁ」


 仕切りのカーテンを開けると、形成外科手術途中で顔前面は皮膚も形成された首があった。眉やまつ毛も生えて、髪の毛も、五分刈り程度に生えそろっている。

 目線を揃え、話しかける。


「初めまして、俺は横山竜馬。ついこの間起きたスリーパーだ」


 折角、話が合うかもしれない世代に出会った。

 失う手は無い。


「拷問され過ぎて疲れたのか?」


「もっと酷いよ」


「ここまで来たらいつでも死ねるだろ。後一日くらい待てよ」


「えっ?」


 スミレさんがびっくりしている。


「スリーパーとしての役目は後は俺が負う。明後日からお前は、つつみちゃんたちと面白おかしくただ生きてゆけばいい」


「口ではなんとでも言える。そう単純な話ではないんだよ」


 死にゆく人間にする話は、単純明快だ。


「ここで今死んで、顔を拭ってもらうのか。後一日待って、平穏を手に入れるのか」


 スミレさんがファージ接続で各所に指示を出し始めた。

 気付かない振りで話を進める。


「期待は裏切らない。俺はお前ともっと話したいんだ」


「恨むよ」


「好きにしろ。でも、明後日同じ言葉がその口から出るかな?」


「吹くね。君」


 罠だったらそれはそれで。

 本当だったら、取り戻せばいい。

 出来なかったら?クソの俺が余計クソなレッテル貼られるだけだ。

 安いもんだ。


「奪還任務は得意なんだ」


 ゲームの中だけだけどな。


「知ってる事全て話せ。作戦を立てる」


 スミレさんを見る。頷いてる。


”せめてもう少し余裕持ったスケジュールにしなかったの?”


 クローズドチャットで苦言が来た。


”向こうもそう思ってるだろ”


”まぁ、そうね”


 ご丁寧に、サワグチはタイマー表示を起動した。寝る暇は無さそうだな。


「とりあえず、向こうの部屋いってくれないかな?恥ずかしいんだ」


 自分の内臓に目を向けながら、泣きそうな顔をしていた。

 確かに。俺でも恥ずかしい。




 突入系ミッションのブリーフィングは大好物だった。

 難しいミッションの前は、スクワッドを組んでたプレイ仲間と、何時間でも話し合っていた。

 現実に起こった突入作戦とかも、スクワッドにそっちの伝手がある奴がいて、建物の資料や作戦時行動なども手に入ったので、自分らだったらどうするとか、あーでもないこーでもないやっていた。

 ゲームとはいえ、作戦がスマートにキまると皆で祝杯を挙げていた。バカなこと考える奴らばっかだった。

 その記憶が蘇ってきたのが有難い。

 今、この場で、無駄にはならない筈だ。




「今、監禁されているのは、幸手市役所の地下だ。多分、地下五階の大金庫エリアだと思う」


「あそこに研究設備置くスペースは無かった筈だけど」


 スミレさんが首を捻っている。


 今この隣の部屋にいるバンドメンバーはつつみちゃんだけ、それも、後ろで話を聞いているだけだ。

 他には、スミレさんと、荒事担当らしいいかついおっさんが三人か、後スーツ組が二人来ている。


「もうデータ抽出しかされてないよ。ああ。大丈夫。今はオフラインにしてある」


「現在の幸手市役所の図面出します」


 スーツの一人が手元を弄り、市役所とその周辺図もフレーム表示されたが、ここよりは全然優しい要塞だ。


「現地までのルートが面倒だな。最寄り駅は久喜。太い道路は南北にしか通ってない」


 むさいおっさんが腕を組んで図面を睨んでいる。


 現状公示されてる幸手の戦力と確認できる戦力、設備等が次々と入力されていく。


「飛んでるカメラの数が公示と合ってないわね」


「そうですね。久喜駅の警備もライヴの前日は六人三交代だったのが、あれ以降ここだけで九十人四交代制に変更してます」


 スーツの一人がデータ入力しながら相槌を打つ。

 幸手の奴ら、あからさまだな、怪しいって自分で言ってらっしゃる。


「対空迎撃はどの程度予想されるんだ?」


 俺の問いにスミレさんが答える。


「大宮のサポートは受けられないわよ。話してもどうせ手伝う気は無いわ」


「飛び出してった俺を救助したくはなるだろ?」


「そういうの駄目!」


 つつみちゃんが口を挟むが、スミレさんが視線で黙らせた。


「遠隔操作できるヒト型ロボットとか無いのか?」


「あるけど、すぐ壊れるし、ハッキングもされ易いわ」


 むさいおっさんたちが、面白そうに俺を見ている。


「貫通のみのバンカーバスターみたいのはあるのか?」


 スミレさんが首を捻って、スーツ組を見た。


「ええと。地中貫通弾ですね。有りますが、保持している弾頭の性能は内部で爆発しないタイプだと、重金属複合シリコン弾頭になります。・・・強化コンクリートで十メートル、鋼板で二メートルが限界です」


「金庫エリアの材質は?」


「セラミック層、発砲コンクリ層、炭素繊維層、鋼層、繊維プラスチック層、最後にまたセラミック層。厚みはしめて三メートル二十センチ」


 最近の金庫って凄いなぁ。

 きれいに穴開けるのは無理だな。


「毎日十分間だけ、金庫エリアに入ってデータ抽出があるの。警備は強化されるけど、その時だけは確実に開け閉めがある」


 サワグチが苦し気に口を挟んだ。


 それだ!


「次はいつなんだ?」


「あと、四から五時間後ね。防犯の為だろうけど、時間は固定されてない」


「ミサイルは発射と同時に気付かれるわ」


「幸手付近の空路の状況はどうなってるんだ?」


 おっさんが答えた。


「確かに、地上の流通が悪いんで輸送ヘリはかなり飛んでいる。市役所への離着陸も多い。でも、この通り防空もかなり厚いぞ」


 幸手付近の偵察が始まったのだろう。リアルタイムで、判明している警備はどんどん更新されていってる。対空迎撃システムは公示されてる部分だけでも、幸手上空を何十回も面制圧できる厚さだ。ここをヘリで突貫は確かに自殺行為だな。


「ギリで俺が独断で動いてしまったって言えば、捕獲に動くんじゃないかな?」


「大宮が救助に動いたとして、幸手側に捕まったら素直に渡すとは思えないぞ?」


 確かに。


「狙撃されて無力化とかはありえると思う」


「ちょっと」


 スミレさんが待ったをかけた。


「リョウ君、スーパーヒーローにでもなったつもり?」


 トラブルメーカーは幸手の連中だろ。


「エルフの」


 周囲が固まった。


「ええと、誰だっけあいつ、ルール―・・・」


 つつみちゃんが嘆息した。


「ナツメコさんね」


 それだ。


「つつみちゃんありがとう。あそこにあるアシストスーツで金庫閉鎖に併せて強行突入する。電源喪失時の金庫エリアの対応とか分かるかな?」


 あれ着てれば大抵なんとかなる。


「開閉自体は独立電源の自動開閉だけど、正面から操作できる。ファージ繋げばあたしの本体が弄れる」


 さっすがスリーパー。


「どうやって保管されてるんだ?」


 動かせないと少し面倒だな。


「シリンダー式の脳缶ユニット。型式は・・・、本体がエヌエイチサンのゼロゴ二エスかな?」


「五二年製の汎用モデルですね。トランク型の保管器が直ぐ用意できます」


 スーツ組は仕事が早いな。


「ルルルに連絡取りたいんだが」


 アイツのことだ、涎垂らしながら二つ返事で貸してくれるだろう。


「わたしが連絡取るわ」


 スミレさんの一言につつみちゃんと顔を見合わせる。


「スミレさん、それならわたしが」


「任せてくれないかしら」


 怖ぇ。


「続けてて」


 スミレさんは部屋から出て行ってしまった。

 時間は有限だ。


「続けるぞ。突入に合わせて市役所の電源も破壊したい」


「待て待て。どうやって突入する?」


「駅とのルートも開拓されてないみたいだし、正面道路の流通悪いんなら、輸送ヘリはどうせ市役所の屋上にも発着するんだろ?待機してて時間に合う便に乗ればいい」


「確かに駅からの定期便は三分ごとに出てますけど・・・」


「無茶言うぜ」


 できそうだな。


「なら、伝達混乱させてえから数秒前に爆撃開始するか。撃ち落とされなかったとしても、爆薬無しだと穴は三階分くらいまでしか抜けねーぞ?」


「パルス出すデコイ混ぜて、狙い複数、ピンポイントでピストン爆撃しろよ」


 おっさん三人が笑いだす。

 ウケる所か?


「爆撃機の準備してくるわ」


 おっさんの一人が部屋を出ていった。


「市庁舎ビルの構造はこの通りなのか?」


「です・・・ね」


 スーツ君が何枚か市役所図面のワイヤーフレームを重ね合わせている。


「建て付けの変更記録は無いので、概ねこの通りでしょう」


 なら、フロアごとの鉄骨はスカスカだ。爆撃が失敗しても多少の床抜きはあのベルコンで十分だな。


「金庫の入口前までの直下掘りが出来れば、なんとかなる。銃撃は別に良いんだが、物量で拘束されると厄介だ。方法はどういうのがあるんだ?」


 アシストスーツが固められたら手間だ。それだけは避けるしかない。


「制圧用の拘束はワイヤーネットタイプと速乾性のシリコンポリマーが主流だ。どちらもそんなに大量には出まわっていない」


 残ったおっさんの一人が直ぐ答えてくれた。


「使われるとしたら、どんな形でどのくらいの量だ?」


「グレネード型の射出タイプしか現存しない。誤射すると掃除が手間だから、予め装備していない限り、突入から身バレして二分後まで使われる心配はないだろう。ネットは絡まれる前に撃ち落すしかない。シリコンポリマーは当たれば固まって動けなくなる。撃たれない様にするか、遮蔽物で防ぐしかないな」


 盾でも投げるか。一応、ハッキング出来なかった時の為にネット射出のグレネードも用意していくか。

 そうだ。


「ファージは換気されてるのか?」


「上から穴を開ければそこから入るでしょうけど、内部から強制換気されるでしょう。少し積んでいきますか」


 よし。市役所ごと焼却されない限りなんとかなりそうだな。


「ぱっと思いつくのはこんな所だ。意見を出してくれ」


 自分の命が掛かっているし、大量虐殺してしまうかもなのだが、ワクワクしている。

 ゲームじゃないと分かっているのだが。

 碌な死に方しねーよな。

 どうせ、拷問大好きに関わってる奴らなんだ。

 知ったこっちゃない。


 サワグチのが大事だ。


***


いつもご愛読ありがとうございます。

近況ノートにお盆期間中の更新について追記したので、ご覧ください。

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