陶芸家が愛される
お店が立ち並ぶ大通り。そのうちの一軒に壮年の夫婦が経営する陶器屋があった。妻が主に店番を担当して、夫は陶器を作る。そういう役割だった。
店内には皿から花瓶まで幅広く陶器が並ぶ。
客足はそこそこ。評判は上々。夫婦仲も良い。
二人はそれなりに幸せな日々を送っていた。
そんなお店へある日、珍しい客が訪れる。皺一つない黒い紳士服に身を包んだ二人の男。胸に留めてあるバッヂは王族の紋様で、王宮からの使者であることが容易に知れた。妻は目を丸くした。店内にいたお客さんも息を呑み、店は妙な緊張感に包まれた。
二人の男性が妻のいるレジの前に立った。
「ダン・オリヴァーはいるか」
温度をまるで感じさせない物言い。少し圧を感じた。出された名前は夫のものだった。彼女は作業場である店裏に入り、夫を呼んだ。
夫は作業着のまま軽い気持ちで店まで出てきて、黒服二人を見て急に背筋が伸びた。夫婦二人でカウンターに立つ。小声で話す。
「あんた、何かしたの」
「何もしてないぞ」
「じゃぁ、この人たち何しに来たのよ」
「俺が聞きたい」
んんっ
男の片割れが咳払いをしたので夫婦は口をつぐんだ。もう一人の男が封筒を差し出した。
「「??」」
二人は首を傾げる。夫は作業を抜け出してきて手が汚れていたので、代わりに妻の方が受け取り中身を見た。
手紙。
しかもただの手紙では無く、王家の印が施された正当な王宮からの手紙。二人は目を見開いた。内容は、女王が普段使いするためのマグカップ制作を求める依頼書だった。
「ダン・オリヴァー。貴方の腕が評価され、女王陛下の為のマグカップを作る命令が下された。他にも制作を依頼している人物が何名かいる。その作られた中で女王陛下が気に入ったマグカップのみが選ばれ、今後その職人は王宮と専属契約を交わす」
「それは、すごい」
夫は声を漏らした。王宮専属職人など、一生食いっぱぐれることが無い。まさに夢のある話だった。
「よいな?」
「は……はい。謹んで、お受けいたします」
こうして夫は、女王のためのマグカップを作ることになった。
お店の休日。工房で夫はマグカップ制作に励む。しっかり捏ねた土をろくろの上に置いて回し、手で成形していく。繊細な感覚と技術が要求される作業で、妻は視界に入らないよう隅の空き箱に座ってその真剣な姿を眺めていた。
夫が息抜きのために休憩する。妻が尋ねた。
「随分熱が入ってるじゃない?」
「そりゃそうさ。女王に認められる職人になれば、贅沢し放題だぞ」
「贅沢したいの?」
「したい。お前と美味しい物食べたり、旅行したり、な。楽しそうだろ?」
「……まぁ」
妻はどちらとも言えない返事を返した。
夫はマグカップの事について考え始める。
「女王様はお花が好きらしいな。一番好きなのはダリアだったか……? カップの柄にしたら喜ばれるだろうなぁ!?」
「そうね」
「あとは、淹れるのはやっぱり紅茶がメインだろうか。だとしたら、紅茶の赤茶色に合うカップの色付けの方が女王様も気に入るよな!」
「……そうね」
「持ち手も重要だな。女王様はお手が細そうだし、いつもよりも持ち手を細めに丸くして可愛い感じにした方が女王様的にも嬉しいよな!」
「…………そうね」
嬉々として女王についてあれこれ語る夫の横で妻はみるみる不機嫌になっていった。相槌も適当な感じである。夫も、若干感じ取る。
「あれ? なんかまずいこと言った」
「別に」
まずいことは言っていない。ただ妻が一人でに機嫌を悪くしているだけであった。
それから夫は時間を見つけてはマグカップ制作に熱心に取り組んだ。
妻と食卓を囲むこともせず、共に眠ることもせず、ただ、作業に打ち込んだ。
そうしてある日、ようやく完成した。
「出来た!」
側面に美しいダリアの装飾が彫られた可愛らしいマグカップ。夫は歓喜の声を上げた。
「ようやくね」
妻も自分の事のように喜んだ。
それから二人は数日後、王宮の内部に足を踏み入れていた。妻は着慣れないドレスに身を包み、夫は着慣れないスーツに袖を通している。周りもキッチリ身なりを整えた人間ばかりである。城下町とは違う上品な空気に息が詰まった。
女王様が行うマグカップ選びは品評会と称しパーティの中のイベントの一つして行われるらしかった。周りをよく見れば、スーツよりも作業着が似合いそうな筋肉質な男性がちらほら見えた。職人たちである。
やがて広間に中央に職人たちの作ったマグカップが運ばれてきて、横長のテーブルに一列に並べられた。この中から一つだけが選ばれる。職人たちはそわそわした。彼らが緊張する中、赤い絨毯の敷かれた階段の上から、豪華な美しい装飾の施された真っ赤なドレスに身を包んだ女王様がゆっくりと降りてきた。
圧倒的なオーラを放っていた。
周りで楽しげに談笑していた筈の貴族たちが皆口を閉じ、誰もが視線を向けた。夫婦も息を呑んだ。
女王が階段を降り終えて、広間へと立った。
「これより品評会の方を始めさせていただきます!」
彼女の傍に控えていた執事がそう声を張り上げた。
やがて女王様がマグカップたちの前に立った。
視線が集まる。
緊張が高まる。
一つずつ手に取って見ていく。
そのどれもが美しい品であった。王族に使われても決して見劣りしない職人渾身のマグカップがずらりと並べられていた。
彼女は一つ一つじっくり見ていった。そして全てを見終わった。
「それでは女王陛下、お気に召したカップを一つお選びください」
「ええ」
女王がカップに向かって歩き始める。
職人たちが息を止める。
夫婦も息を止める。
「これにするわ」
選ばれたのは。
夫がつくったものとは別のカップであった。
夫は分かりやすく肩を落とし、妻はその背中を叩いて励ました。
「すまん。贅沢は夢のまた夢だ」
「いいんじゃない」
「でも、折角のチャンスだったのに……」
「今のまま二人でのんびりやってくのがきっと一番幸せよ」
夫はかなり落ち込んでいるが、妻は悲観していなかった。作業に四六時中時間を割かれる夫を見て、この生活がもし続いたら幸せにはなれないと考えていたからだった。
女王様の選定は終った。
選ばれた職人は狂喜乱舞し、それ以外の職人は落ち込んでいた。
このまま品評会が終われば、ある意味平和な終わり方だっただろう。しかし、とある職人の一声で状況が変わり始める。
「納得いきません女王様! どうか、なぜ私の作品が選ばれなかったのか、理由を教えてくださいませんか!」
と、訊いたのである。女王様は、「無礼だ」と憤る執事たちを片手で控えさせ、にやりと笑うと、
「良いわ。教えてあげる」
と言って、落選理由を作品一つずつ丁寧に詳細に語り始めた。
端的に言えば、酷評であった。
しかも理不尽や難癖とも思えるようなひどい言い様だった。
「このカップは重いのよね。私の手を痛めつけようとしているのかしら」
「こっちのカップは柄がとってもダサい。きっと私にはこれが相応しいと馬鹿にしているのね」
「このカップは何となく嫌いね。理由はないわ。嫌い」
そして夫のもまた語られる。
「このカップは……舐めてるわよね私を。何なのこの花、気持ち悪い。取っ手も小さくて私を子供だと思って馬鹿にしているのかしら。全く、不快だわ」
全ての評価が終われば職人たちはもう、すっかりぐったりしていた。所詮は個人の感性のために好き嫌いはしょうがないにしても、女王様はあまりにも作品を批難するのがうますぎた。褒めることは一切なく、次々と棘のある言葉が銃弾のように飛び出し、職人たちの胸を貫いていった。周りの貴族たちは女王様が職人たちをぶった切っていく様を爽快と捉えて楽しんでいたが、言われる方は堪まったものでは無かった。
さらに女王様は追い打ちをかける。
「さて。私が選んだマグカップ以外はここで全て壊してちょうだい」
職人たちはざわめいた。職人にとって作品は自分の子供と同義。それを壊すとは?
皆が考えている間にテーブルに執事が集まってきて、一人は女王様の選んだカップを手に取り、その他の執事はテーブルの両端にそれぞれ手を掛けた。そして、テーブルを傾けた。
ぱりいぃんっ。ぱりいいいいん。ぱりんっ。ぱりいいいん。
次々と、カップが固い地面に落下し壊れた。
貴族たちの歓声が上がる。
職人たちは各々絶望や怒りを顔に浮かべた。夫もまた悲しそうな表情をした。
そこまでする必要があるのか。
職人たちの誰もが抗議の気持ちを胸に抱いたが、相手は一国の女王。気に障ることを言えばどんな処遇が待っているか分からない。だから職人たちは皆怯えて、誰も何も言えずにいた。
ただ一人を除いて。
「女王様。これはあんまりではありませんか?」
妻であった。群衆から前に踏み出て女王様の前に立つと、勇敢にも声を上げた。
「どのマグカップも職人たちの女王様への想いが込められた作品です。それをコケにし、あまつさえ壊すというのは如何なものでしょうか」
「私に選ばれなかった時点で価値を失ったカップたちは漏れなくゴミでしょ? ゴミは王宮に入れてはいけないし、私の視界に入れるのも嫌。だから壊したの。ゴミはゴミらしくしてもらわないと」
「女王様は知らないのです。職人たちがどれだけの時間と労力をかけて作品を作り上げているか! だからこんな仕打ちが出来るのでs、んんんっ!?」
言葉を遮るように背後から口をふさいだのは夫であった。彼女の周りでは傭兵が槍を構えて睨みつけていた。これ以上、女王様に反抗していると不敬であるとみなされて殺される可能性があった。そのために夫は物理的に妻の口を塞いで、群衆に戻っていった。
「それじゃあ。職人たちには酷い出来ではあったけれど、一応の報酬を渡すわ。まあ、募金ね。この後、別室に集まって頂戴」
こうして品評会は終わりとなった。
妻は先に帰っていて、夫は後から家に帰った。
妻は女王に対して未だに憤っていた。
「何よあの女、滅茶苦茶よ。あんなの職人を馬鹿にしてる」
「まあまあ」
「皆も悔しくないのかしら。いや、悔しいに決まっている。あんなに散々言われて、あの女が国のトップなんて最悪よ」
「まあまあまあまあ」
「とっとと暗殺されればいいのに」
「まあまあまあまあまあ」
彼女は普段は冷静だが、火が付くと烈火のごとくキレるのである。女王を“あの女“呼ばわりしていることからもそれが伺える。ただ夫にとっては救いであった。あの場にいた職人たちは確実に鬱憤や悲しみを心に抱いていた。それを代弁して彼女が言ってくれたおかげで救われた人間が多くいた筈だった。少なくとも彼は、妻が女王に向かって吠えたことが堪らなく嬉しい事であった。
「というか、あんたの作品があんな言われ方するなんて信じられない!」
「へへ。そりゃどうも」
「あんなにずっと手間暇かけて、完成品も間違いなく一級品の出来だったのに。てか、そもそも頼んできたのはあっちなのに!」
「ああ、ありがとう。でも、お前。なんか俺がせっせと作ってるときあんまり良い顔してなかったよな」
「それは……悔しかったから」
「……は?」
「だから! あんたが起きている間ずーっとあの女の事を考えていて、どうしたら喜ぶかな、こうしたら喜ぶかなとか私に相談してきて、しかも一緒にご飯とか食べれなかったし、あの女に捕られた感があってムカついていたのよ!」
「ははっ。なんだそりゃ」
「しょうがないでしょ……」
「そうだな」
「頭撫でるな」
彼女は本当に稀に子供っぽい一面を見せることがある。それが非常に可愛らしかった。
「落ち着くために紅茶でも淹れるわ」
「おう。ありがとう」
彼女はそう言って台所に行き、やがてカップを二つ持って戻って来た。
机に置く。
一つはいつも使っているカップ。
そしてもう一つは。
ヒビだらけで、ダリアの花が描かれていて、持ち手が細くて……。
「これって……」
彼は思わずつぶやく。
「うん。あの後、破片全部拾ってきて接着剤でくっつけてみた。せっかく作ったのに使われないんじゃ可哀想だもn、んんっ!?」
彼女は再び言葉を遮られた。今度は彼に抱きしめられたからだった。
「ありがとう……ありがとう……」
「……別に大したことしてないでしょ」
彼女にとっては大したことではなくても、彼にとっては大きなことに違いなかった。時間をかけて作った大切なものを彼女もまた同じように大事に思ってくれていたというのが、とても嬉しかった。それに、
「その指」
左指に切り傷がいくつかあった。
「ああこれね。王宮の人が掃除しようとするから急いで拾ったの。だからちょっとだけ切っちゃって」
「すまん。……なんか、本当にありがとう」
「どういたしまして」
彼は再び愛おしくなって彼女を抱きしめた。暫く抱きしめていると、彼女が言った。
「さ。明日からまたいっぱい作っていっぱい売るわよ。あの女王の見る目が無かったって証明してやるんだから」
彼女は笑い、彼も笑った。
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