第12話

 二階堂はモニターの画面を睨んでいた。

小さなパソコンの画面には、駅前の監視カメラの映像が映し出されている。日付は丁度、来栖彩が最後に出勤した日の夜だ。

「おいタカ、 見てみろ」

画面に視線を固定したまま、二階堂が真倉を呼んだ。

「何か見つけたんですか?」

駅員に聞き取りをしていた真倉が戻ってくる。

「ほらっ、 ここだ」

二階堂が画面を指さす。

「それ木ですよ?」

「違う! ……ちょっと巻き戻してくれ!」

「自分でやればいいじゃないですか」

「機械は苦手なんだよ! 知ってるだろ!」

二階堂に言われ、渋々マウスを操作する。

映像が巻き戻され、人の波が逆向きに流れていく。

「そこだ!」

二階堂が合図した所で画像を止める。

「あ……これは……」

そこには、駅の前を歩く花宮陽子の姿があった。

試しに画像を拡大してみる。

画質は悪いが、それでも顔つきや服装から花宮本人であることが分かった。

「あの花宮って女に間違いないな」

「えぇ、でもだからといって疑うには早計じゃありませんか? 彼女の自宅はこの近くみたいですし」

真倉が一時停止した映像を再生した。

画面の中で、陽子は自宅方面へと歩いていたが、途中で何を思ったのか、くるりと踵を返し街の方へ歩き始めた。

「あれ、家に帰るんじゃ無いんですね」

「飲み屋街の方へ向かってるな……」

「この間の聞き取りでは何も言ってませんでしたよね?」

二人は互いに顔を見合わせた。





陽子は津田に誘われ、県の外れにある喫茶店に来ていた。

この辺りに職場の同僚は住んでいないし、生活圏からも離れている、というのが理由らしい。

田舎の風景に囲まれ、古民家風の内装も相まってなかなか良い雰囲気の店だ。

例の一件から、津田から度々陽子に連絡が来た。

最初は、警察に質問された時の口裏合わせとか、物的証拠が残ってないかの確認とか、事件に関係する内容だったが、次第に彼はプライベートな事柄でも陽子に声をかけるようになった。

いつしか二人は、休みの日に一緒に出かけるような仲になっていた。


内心では、陽子もこの関係に違和感を覚えていた。

どう考えても、今の状況は異常だと陽子も自覚していたのだ。


「えっとさ津田君……最近、なにかと誘ってくれるよね。別に迷惑とかじゃ無いんだけどさ、何でかなって思うんだよね」

陽子は向かいに座る津田に尋ねた。

「……すいませんでした」

「えっ、なんで謝るのよ」

「やっぱり不自然ですよね、僕あまり人付き合いは得意ではないので……」

津田はばつが悪そうな顔でコーヒーを一口啜った。

「いや、そうじゃなくてさ。あなた、私が何したか分かってるよね? 何で平然と私の前でコーヒー飲めるの? 恐くないの?」

陽子は素直に疑問をぶつけた。幸い、陽子達以外に客は入っていないようで、盗み聞きの心配はないだろう。


「来栖さんのことは、正直驚いています。なぜ来栖さんにあんなことをしたのか、気にならないと言えば嘘になりますし……」

「やっぱり……その件で私に何か要求するつもりなら、あまり期待しない方がいいわよ? お金ないし」

「まさか、お金なんて要りません」

「じゃあ、私を説得して自首させるとか?」

津田はきょとんとしていた。

「なぜ僕があなたを自首させるんですか?」

意外な返答に、戸惑ったのは陽子の方だった。

「なぜって……確かにそうね……」

また暫く、二人の間に沈黙が訪れた。


「僕はただ、あなたとこうして話がしてみたかったんですよ」

唐突に津田が言う。

「私と? どうして?」

「白状すると、僕はあなたが好きなんだと思います。いえ、愛しているんです」

陽子の脳内に混乱の嵐が巻き起こった。

この男は急に何を言い出すの? それともふざけて言っているのか? 私はあなたの同僚を食い殺したのよ?


「スコップを回収したのも、来栖さんの遺体を移動させたのも、花宮さんが警察に捕まって欲しくなかったからです。 もし捕まったら、想いを伝えるチャンスは永劫無くなってしまう」

津田は狼狽を隠せずにいる私の手を、静かに握った。若々しい柔らかな肌の感覚が、陽子を覆った。

「私は人を殺して、脳味噌を食べるような奴なのよ?」

「構いません。それらを含めて貴女を愛しているんです」

陽子は津田の目を直視出来なかった。あまりにも真っ直ぐに向けられる好意に、身を焼かれそうな気分だった。


「大丈夫ですか?」

津田が陽子の顔を覗きこむ。

「えぇ……大丈夫。少し驚いただけ」

「よかった」津田が微笑む

「また、こうして会ってくれますか?」

「もちろん、ダメなわけないでしょ」

津田は安堵したのか、気の抜けた可愛らしい絵柄を見せた。

陽子もつられて笑みを#溢__こぼ__#すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る