裏切った女

 マリッジブルー…彼との結婚を目前にして私は悩んでいる。結婚する事によって今までの生活が変わってしまうという不安。自由な時間が減ってしまうという不満…

 彼の事は愛している。高校2年の頃から付き合って約6年。大学に通っていた頃にプロポーズされた。だから結婚自体が嫌な訳じゃない。ただ、妻としての責任が生まれる事に悩んでいるだけだ。結婚したらなあなあでなんとかなる気もするけどね…


 結婚式は半年後。彼に結婚について悩んでいるなんて相談できない。重圧は式が近付くにつれて強く感じる…


 結婚したら…

 早く孫を…

 一緒に住もう…


 彼や私の両親は好き放題に言ってくる。その一言一言が私を更に追い詰めていった…

 職場の忘年会。今日は旅館に泊まると彼に伝えてある。…たった1日だけど、結婚という重圧から解放された気がする。解放感に流されるままお酒を飲み…同僚と一夜を共にしてしまった…


 「悩みがあるなら聞くぜ」


 ただ…その一言を言われただけ。それだけで同僚の事を理解者だと思い、禄に相談もせずに体を重ねてしまった…私の結婚は会社にはまだ伝えていない。3ヶ月くらい前になったら伝えようと思っていたから…だから同僚は私に婚約者がいるなんて知らなかったはずだ。


 「昨日の事は忘れて…」


 「無理だよ。俺はお前の事、気になってたから…」


 結局、婚約者の事を話せないまま同僚との関係を続けてしまった。彼と同僚、2人を裏切っているのに…私は背徳感に溺れて現実から目を逸らす道を選んでしまった。



 式まで残り3ヶ月。彼は精力的に段取りをしてくれている。私との結婚を待ち望んでくれているようだ…

 彼には残業だと伝えて同僚と体を重ねる。実家暮らしで親が厳しいと嘘を吐いて泊まる事だけは避けた。本当は彼と同棲している。そんな事…同僚に言える訳が無い。



 式まで残り2ヶ月。もう会社に結婚の事を報告しなきゃいけない。本来なら3ヶ月前と規定されているのは知っていたが…知らなかった振りをして誤魔化した。我ながら嘘ばっかり吐いている気がする。


 同僚には自分の口で結婚すると伝えた。薄々だけど気付かれていたらしい。


 「そうか…早く教えてくれれば抱いたりなんかしなかったのに…」


 「…ごめんなさい。もう…終わりにしましょう」


 「…まるで俺から求めたみたいに言うんだな。誘ってくるのは…お前のほうだったのに」


 同僚とはその日から疎遠になった。私ともう関わらない道を選んでくれた同僚には感謝しかない。

 結婚式の段取りを彼と一緒にするようになった。私の結婚後の不安なんて…2人を裏切った事に比べれば些細な事だ。これからも彼に言えない秘密を抱えて生きていかなきゃいけない事に比べれば…本当に些細な事…



 


 夫と結婚して2年。夫との子供を授かる事ができた。夫は本当に幸せそうだ…


 「君と出会ってからずっと幸せだったけどね。今後は子供も含めて皆で幸せになろう」


 その一言はとても嬉しく…しかし、裏切りを隠し続けている私に向けられるには相応しくない言葉だった。

 この事実は生涯誰にも話す事は無い。墓まで持っていくつもりだ。夫や子供には何一つ非は無いのだから…事実を話して苦しませてはいけない。


 裏切ってごめんなさい。


 今日も心の中で謝りながら幸せそうな夫の隣で幸せな妻を演じる。あんな馬鹿な事をしなければ…本当に幸せだったのにね…

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