025 王手

 瓦礫の山となった街の中心で戦闘音が響き続けていた。

 そこにいるのはプフォーと妙に間の抜けた音と共に緑の霧を大量に噴き出している巨大なエイの怪物だ。全長は四十メートルはあるだろう、その飛獣の名はガルダスティングレーという。

 そして竜種を越える巨体の飛獣を囲むようにしているのは二十機以上の数のアーマーダイバーたちで、その多くは既にボロボロとなっていてまともに動けている機体はほとんど存在していないようだった。

 彼らはジアード天領軍の主戦力である第一騎士団と第三騎士団の混成である。ことの経緯としては、島の中心へと侵攻していたガルダスティングレーと眷属の群れを発見した第三騎士団が即時迎撃を行い、眷属の数を減らしはしたものの領都内にまで到達され、領都の防衛に当たっていた第一騎士団と合流してさらに戦闘が激化し、今に至っていたという状況だった。

 その結果としてガルダスティングレーの眷属のほとんどは討伐できたものの騎士団の多くが戦闘不能となり、またガルダスティングレー本体は未だ無傷だった。


『グルゥァアアアア』

『退けぇ。当たれば死ぬぞぉお』

『うわぁあああ』


 その巨体から来るタックルは強固な城壁をも打ち崩し、三叉に分かれた尾の針は縦横無尽に飛び回ってアーマーダイバーの装甲を貫き、何よりも全身から無数に生えている魔力結晶から放たれる緑の雷撃は複数のアーマーダイバーをひとまとめに吹き飛ばした。そうしてただ一体のみとなってなお、島を飲み込もうという怪物は戦場を支配し続けていた。


「ランクA……ここまで圧倒的か」


 そんなガルダスティングレーを苦々しい顔をして睨みつけている男がいる。それはジアード天領軍の指揮をとっている領主オルベイン・トールズ・ジアードその人だ。

 オルベインの乗っている機体は名をガヴォークといい、高出力型でこの天領が保有する最高戦力でもあった。イロンデルタイプをベースとしながら重装甲であり、二対のフライフェザーを搭載することで強固な防御力と通常のイロンデルタイプと変わらぬ機動力を両立させたその機体は領主の守護を目的として造られたもので、そのコンセプト通りに現時点で機体の損傷は軽微であった。けれども、それは彼の機体に限ってのことだ。


「それに我がガヴォーク以外はもはやまともに動けぬとはなぁ」


 オルベインの配下たちが乗っているイロンデルタイプは機動力こそ高いが防御面では他の量産機よりも劣っており、ここまでの戦闘での損耗も激しく、十全に動ける機体はもうほとんど残っていない有様だ。


『オルベイン様。このままではもちません。一度撤退を!』

「できぬわ。アレはここまで一直線に来たのだぞ。狙っているのが天導核であるのは自明の理。であればここで逃げることはジアード天領を捨てるということになる」


 血を吐くように告げながらオルベインがガルダスティングレーに対して魔導銃を撃ち続ける。けれどもオルベインの銃撃はプラズマスティングレーと同じ緑雷のシールドを張るガルダスティングレーの防御を抜けることができない。プラズマスティングレーと同様に集中して狙えばシールドを貫けるだろうとは予測できたが、ガルダスティングレーの猛攻によってなかなか狙うことができないのだ。


『このままこのイータークラウドが嵐のように過ぎ去ってくれれば……と思わずにはいられませんな』

「ギルドからの資料を見たであろう。アレは発生させたイータークラウドと竜雲海をつないで巡回させている」


 一見してガルダスティングレーがイータークラウドを発生し続けているようにも見えるが、島全体を覆う量を出すことはガルダスティングレーの巨体であっても本来は不可能だ。実のところ、ガルダスティングレーと眷属のミストスティングレーは自分達で発生させた緑の霧と周囲の竜雲海とを魔力を循環させ続けることで結びつけ、まるで緑のカーテンを引っ張って被せるかの如く、イータークラウドを島の上にまで引き上げて覆わせていたのである。


「だからアレに魔力切れはない。時間は彼奴に味方はしても敵にはならんのだ!」


 魔力を循環させているが故に常にガルダスティングレーに魔力が流れ続けているのだから、尽きることがそもそもなく、ガルダスティングレーは真っ直ぐに領都を狙って来たということは狙いは先ほどオルベインが口にしたように天導核に決まっている。

 そして領都の奥にある領主の館からは島の地下にある天導核のエリアにも繋がっており、ガルダスティングレーが無理をすれば通れるほどの広さの通路もあった。ここで退けばガルダスティングレーは天導核まで到達してしまうし、未だ島中にいる眷属が集結し防衛に回られてしまえば反撃するだけの余力はもうこの天領には残っていない。故にここで退けば詰みなのだとオルベインは理解していた。


「私は私の民を飛獣の餌にするつもりも、流民として彷徨わせるつもりもない。我らはここで彼奴を倒す道しか残ってはいないのだ」

『オルベイン様、来ます』

「チィ」

『グワァアアアアア』


 再びのガルダスティングレーの雷撃の雨にオルベインの乗るガヴォークが急旋回をして回避するが、他の天領軍のアーマーダイバーたちは逃げ切ることもできずに吹き飛び、崩れ落ち、また機導核が暴走して爆散する機体も出始めた。


「もっと削ってから動きたかったんだがなぁ」

『オルベイン様ッ』


 もはやこれ以上の損耗を許容できないと判断したオルベインが部下たちを置いて機体を加速させる。


「ここまでの動きに慣れた貴様では捉えられないだろうよ」


 ガヴォークの脚部スラスターが開いて炎を噴き上げるとさらに速度を増してガルダスティングレーへと突撃していく。


「この一撃ならば、貴様とて」


 そして両者の距離が近付き、オルベインがバックパックウェポンである大型魔導砲の砲身を突き出して緑雷のシールドへと突っ込んだ。砲身から機体にまで電が走り、オルベイン自身も放電して歯を食いしばりながらアームグリップのトリガーに指をかける。


「ただではすまぬはずだ!」


 その叫びとトリガーが引かれて砲身から巨大な砲弾が飛び出した。それは魔鋼砲弾三式と呼ばれる、二式よりもさらに高火力の砲弾だ。それがガルダスティングレーへと向かい、


「何!?」


 けれどもガルダスティングレーの表面を覆う緑雷のフィールドを抜けた砲弾は表皮を滑ってすり抜け、そのまま下方にある建造物に直撃して爆発した。


「砲弾が逸されて……クソッ、抜かったわ」

「ブギィイイイイイイ!」


 今の一撃が直撃していれば自身を打倒し得たかもしれないと察して激昂したガルダスタングレーからの突進を受けてガウォークが弾かれ、地面に落下するとまるで手毬のように跳ね飛んでいった。


『マズいッ、オルベイン様!?』


 配下の者たちが主人の危機を察して動こうとするが彼らのまともに動かぬ機体では到底間に合わない。

 そしてガルダスティングレーの全身の魔法結晶が放電し、そのすべてが建造物の壁に叩きつけられたガヴォークに向けられようとした時、


 ズガガガガガガガガガガ


 けたたましく響き渡る銃声と共にガルダスティングレーの悲鳴があがった。


『おっし。間に合ったぁ。えっと、間に……合った?』


 そして、混沌としたその場に青と黒の機体が到着したのであった。

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