第147話 勘違いのカップリング
「慧出る! もう無理だって!」
「おいおい、もっと我慢しろよ」
俺達は朝から激しい戦いを繰り広げていた。
「ちょっとトイレを開けてくれ!」
青白い顔の笹寺はトイレに篭っている俺を払い退けようとしていた。
桃乃が帰ってから二人でわいわいと飲んだ結果、二日酔いに襲われている。
――ピンポーン
そんな中インターホンが鳴った。きっと桃乃が来たのだろう。俺は汚れた服を洗面所に持っていく。
――ピンポーン
何度もなり続けるインターホン。桃乃なら気にしなくてもいいと思い、服だけ着て、パンツ一丁のままで玄関を開けた。
「慧くんおはよう。服を着ないと風邪引くよ?」
「おはようございます」
そこにはお馴染みの隣のおばさんが立っていた。今日は普段よりも量が多いのか袋を多めに持っている。
「あれ、今日は一人なのかしら?」
最近は桃乃がいる時に来ていたから、桃乃のことを言っているのだろう。確かに玄関には俺と笹寺の靴しか置いていない。
「あー、スッキリしたわ。ももちゃんきたの?」
トイレから出てきた笹寺は俺に肩を組むと、玄関にいたのが桃乃じゃないことに気づく。おばさんもそんな笹寺を見つめていた。
「あっ……」
「お姉さんおはようございます」
すぐに切り替えた笹寺は営業スマイルを振りまく。そういえば、俺達ズボンを履いていないぞ……。
笹寺に関してはパンツのみだ。
「あら……これって……」
絶対変な勘違いをしているだろう。明らかにおばさんの頬が赤くなっている。
「いや、これには――」
「あっ、おはよう……先輩達まさか!?」
絶対今来て欲しくないタイミングで、桃乃が荷物を持ってやってきた。如何わしい格好で肩を組む男達。
顔を赤く染めるおばさん。
「先輩が帰れって言ったのはこういうことだったんですね」
おいおい、こういうこととはどういうことだ。
桃乃も変な勘違いをしているぞ!
「ももちゃんがいない間に熱い夜を過ごしたぞ! こんなにベタベタだしな」
確かに暑い夜を過ごした。エアコンをつけようとしたが、あまり効かず暑かったのだ。
それに加えて二日酔いだ。だからお互いに汗だくでベタベタなのは間違いない。
ただ、今止めないと歯止めが効かなくなってしまう。
「これは今流行りのBLってや――」
「こいつは職場の同僚なんです。昨日エアコン壊れてて暑かったんですよ!」
俺が困った顔をすると、おばさんが何かを察したのだろう。
「確かに暑かったもんね! 酔い止めにも効果がある大豆を使ったサラダも持ってきたのよ」
おばさんが保存容器を取り出すと、そこには体に良さそうな大豆を使ったサラダが入っていた。タイミングが良すぎてどこまで予想しているのだろうか。
話を切り変えてくれて助かった。
「ほんとですか! いや、さっきまで吐いてたからお腹減って……助かります」
笹寺はおばさんからおかずを受け取ると、そのまま抱きついていた。
「はああぁぁん!?」
今まで聞いたことのない声がおばさんから出ていた。人妻だし年齢的に年上だが、セクハラや痴漢にならないか俺は心配だ。
小さい時から知っている、隣に住むおばさんの女の顔は見たくないな。
「はいはい、笹寺さんその辺にしてくださいね。それと事実確認をしますよ?」
そんな笹寺を桃乃が部屋まで引っ張っていく。さすが物分かりが良い後輩だ。
「あいつちょっと距離感がぶっ壊れてるんですみません」
たしか入社した時も、全く初対面の俺に肩を組んできた。
「わわわ私は別にいいのよ! そういえば、この間プレゼントしたハンカチは使ってくれたかしら?」
「この間会社に持っていきました。ありがとうございます」
奴隷の黒真珠が紛れ込んでいたハンカチは、以前おばさんからもらった物だった。この間のマカロンが美味しかったからと、そのお返しらしい。
「いいのよ! お祓いで有名な神社でもらったやつだから、私よりも外で働いている慧くんの方が必要かなって思ってね」
あの真珠にも何かお祓いの効果があったのだろうか。
「じゃあ、二人にもサラダ食べさせてね」
「わかりました」
おばさんは手を振って帰って行く。
「ふふふ、あれがこの世界で有名なBLか!」
後ろ姿がどこかウキウキとしているのが、伝わるほど楽しそうだ。
ひょっとしたら俺も抱きついた方が、よかったのだろうか。
♢
その後、俺達はおばさんに言われた通りにサラダと水分を多めに取って穴の中に入ることにした。
「今回もちょっと手を繋いでいいか?」
やはり笹寺は異世界に行きたいと言ってはいるが、一人だけどこに行くのかわからないという恐怖感があるのだろう。
「ほら、行くぞ!」
そんな笹寺の手を俺が強引に引っ張っていく。
【あー、そのカップリングいい……あー、マイクが――】
突然脳内に流れてきた声は、デジタル音声ではなく、どこか聞き覚えがある声だった。
【ごほん! 投資信託"全世界株式インデックス・ファンド"を所持しているため、全パラメーターが上昇します】
咳払いをするといつも通りのデシダル音声に戻っていく。担当の人もどこか疲れているのだろう。
【個別株公共事業を50%保持。カテゴリーアクティブスキル木属性魔法を強化しました】
どうやら新たな木属性魔法を覚えたらしい。桃乃とは異なるが、少しずつ魔法使いに近づいているのだろう。
【今回の討伐対象はオークジェネラルです。制限時間は5日間です。アイテムによるバフ効果が発動します。それでは本日も頑張って家畜のように働きましょう】
一瞬気になる言葉が聞こえてきたが、いつものようにアナウンスが終わると、眩い光と共に俺達は異世界へ転移した。
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《ステータス》
[名前]
[能力値] 投資信託8,200,000円
[固有スキル] 新人投資家
[パッシブスキル]
[魔法スキル] 木属性魔法
[称号] 犬に好かれる者
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