第84話 社長は突然やってくる
何気ない日常は少しずつ変化を迎える中、今日も家畜のように俺は働いていた。
仕事の量は相変わらず多いが、それでも部長の機嫌はどこか良かった。
その機嫌の良さが俺としては何かが起きる前触れだと感じている。ここのところ妙に胸騒ぎがするのは、スキルの影響なんだろうか。
「先輩、今いいですか?」
桃乃はオフィスに戻ってくると声をかけてきた。さっきまで同期の栗田と話していたようだ。
その姿を見ると以前の俺と笹寺と被って涙が出そうになる。
しばらくいないだけなのに、仕事場でリラックスできる時間がなくなると、こんなに辛いとは思いもしなかった。
「なにかあったのか?」
俺が聞くと桃乃は部長の方を見ていた。
「最近部長の機嫌が良い理由がわかりましたよ」
どうやら栗田を経由してその理由がわかったようだ。
「楓の話では近々アメリカの本社から社長が来るらしいです」
会社はアメリカに本社があり、俺は日本にある東京支部で働いている。これだけ大きい会社なのにブラック企業なのは、やはり利益を求めればそういう結果になるのだろうか。
いや、この部長が自分達の上司だからブラック企業になっていると、この間の笹寺との話でわかった。
「まぁ、俺達には関係ないと思うから任された仕事をやるだけ――」
「お前達、話してないで仕事を続けろよ」
どうやら俺と桃乃が話していたのを部長は聞いていた。
背後に立っていたのも気づかず、どこから話を聞いていたのかはわからないが、陰口は言ってないから問題はないはずだ。
「今日本社から社長が来るのは確かだ。あの人は俺をこの部長の席に座らせたきっかけとなった人だからな」
それからしばらくの間、部長は話し出した。俺達にサボるなと声をかけた当の本人なのに、話し終えるまで俺達は仕事を中断することになった。
早く終わらせないと今日こそ久しぶりの残業コースが確定するだろう。
そう思っていると、オフィスに急いで走ってくる人物がいた。
「社長がお見えになりました」
話していると社長が見えたようだ。
「おお、そうか! 俺はそういうことがあってここでずっと働こうと思ったというわけだな」
そこまで聞く価値を感じていなかったら、何を話していたのか記憶にない。代わりに桃乃が聞いていたから問題はないだろう。
「はぁー、そうなんですね」
桃乃も態度からも全く興味なさそうだ。異世界に行って、お互いに一番学んだのはスルースキルなのかもしれない。
「じゃあ、俺は社長に挨拶……お前らも行くか?」
「はぁん!?」
あまりにも急な誘いに俺は大きな声が出ていた。
「これが何かのきっかけになるだろうから、ついて来るといい」
なぜか嫌な胸騒ぎがしていたのはこのことだろうか。あまり断るのも悪いと思った俺は部長について行くことにした。
席を立つと隣のデスクにいる桃乃は椅子に座っていた。
「ももちゃんはなんで座っているんだ?」
「あれ? 先輩だけが誘われたんじゃ――」
どうやら桃乃はさっきの部長がなんて言っていたかわかっていないようだった。ずっと話を適当に聞き流していたからな。
「お前
「はい……」
俺の言葉を聞き桃乃も一緒に付いてくることになった。決してこれはパワハラではないぞ。部長からの命令を桃乃に正しく伝えただけだ。
♢
会社の入り口に向かうと、エレベーターから入り口まで一本道が出来るように人が集まっていた。
「社長ってめちゃくちゃかっこいい人ですよね?」
「日本支部の犬養社長もかっこいいけど、アメリカ本部はもっとハリウッドスターみたいな容姿らしいわよ」
女性陣が話しているのを盗み聞きをしていると、どうやらアメリカ本部の社長はかっこいいらしい。巻き込まれた桃乃はその話を聞いて、表情が明るくなっていた。
俺には関係ないため、適当に顔だけ見て帰ろうと思う。
「ちょっとすまないな! ここなら社長の顔も見やすいな。お前達も早く来いよ!」
部長はそんな人達の中を押し除け、最前列に場所を確保していた。
やはり最前列には他の部署の部長や役職者がついた人達が並んでいた。
「おーい、お前らこっちだ!」
いや、本当に呼ばないでください。
ほら……みんなが見ているじゃないか。
あまりにもみんなが注目するため、俺達は部長の隣に行くことにした。自分達より上司ばかりの中に、俺と桃乃が並ぶというよくわからない状況になっている。
ただでさえ目立ちたくないのに、やめてほしいものだ。
俺達は部長の隣で待っていると、高級そうな車から男性と女性が案内されるように車から降りてきた。
「確かにイケメンですね」
桃乃は俺の隣でボソッと呟いていた。確かに男の俺から見てもイケメンだった。
そこに日本支部の社長である犬養社長が挨拶に行っていた。
犬養社長も最近親から社長を引き継いだばかりだが、見た目も若々しく容姿も優れている。ただ、それを遥かに超える見た目をしていた。
俺は社長の一歩後ろを歩く女性に目がいっていた。
ピチッとしたスーツがスレンダーボディだと遠くから見てもわかるほどだ。髪も金髪でハリウッド女優並みに容姿が優れている。
周りの男性社員も女性に釘付け状態だ。一言で言えばエッチな秘書って言葉が似合うだろう。
「お前ら社長が通るときには頭を下げるんだぞ」
役職付きの上司達も一斉に頭を下げ始めた。急に言われた俺と桃乃は反応できず、そのまま立っているとハリウッド俳優のような社長がこっちに向かって歩いてきた。
「君達は僕の奴隷じゃないのかね?」
第一声に俺は苛立ちを隠せなかった。この会社は社長から根本的に終わっていた。
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