第82話 イケメン同僚はただの体育会系バカでした

 俺は休みの日に笹寺から聞いた住所に向かった。笹寺から聞いた住所は、俺の家から思ったよりも近く隣の区に住んでいた。


「ここで合っているのか?」


 俺の目の前には"笹寺道場ささでらどうじょう"と書いてある看板があった。


 中からは気合いが入った声が聞こえてきた。


 俺がゆっくりと扉を開けると、そこには組み手をしている人達がいた。


 その中に今回会う目的となった人物が声を上げている。同期の笹寺ささでらまことだ。


 扉が開き風が吹き抜けると笹寺は顔をこっちに向けた。どうやら俺の存在に気づいたようだ。


 俺が手を上げると笹寺が歩いてきた。


「よっ! 元気だったか!」


「よっ、元気だったか。じゃないだろうが!」


 俺は笹寺に思いっきり蹴りを入れようとするが、笹寺は脚を腕で止めニヤリと笑った。


 俺も軽く蹴るつもりが、足が高くあがったことにびっくりした。


 今まで全く連絡してこなかったこいつにムカつき、そのまま俺は脚を少し突き出し、笹寺の脇に通し背中に引っ掛けた。


「俺を舐めるなよ」


 そのまま自分の体を捻り返し、反対の足で顔を目掛けて蹴りを放つ。


 インデックスファンドで得た俺のステータス増加は現実世界でもわずかに身軽となった。上がったわけではないステータスも数値化することで運動神経が良くなった気がする。


 しかし、基本は物理特化した体のため、蹴ったはずの脚は笹寺に止められていた。


「ははは、いつのまにかそんなことが出来るようになったんだ?」


 笹寺は豪快に笑っていた。俺の蹴りは一発も当たることなく笹寺に防がれていた。少しだけ痛そうな顔をしているのが、せめてもの反撃だ。


 実は笹寺も異世界に行ってるんじゃないのか、と思わせるような動きに俺は驚いた。


 そんなことを思っていながらも、加速している思考は壁に飾ってある賞状やトロフィーを見て思い出した。


 笹寺は家が元々武道の家系で中学、高校ともに空手と合気道二つの分野で全国大会に出たと言っていた。


 途中で何かが原因で優勝を逃したと聞いている。


 投資信託で得た身体能力でも、武道を極めている人間には勝てないことを知った。


「俺の才能に気づいたか?」

 

「ああ、こんなに強ければ道場に入るか?」


 俺は挑発するように言ったつもりが、まさかそのまま受け取られるとは思わなかった。それよりも笹寺の言葉に疑問を感じた。


俺の道場・・・・?」


「ああ、いろいろあってな」


 笹寺は少し寂しそうな顔をしていた。そんな中、雰囲気を気にしない人達がいた。


「先生、今のすごいですね」


 気づいたら俺と笹寺は道場に通う少年、少女達に囲まれていた。


 普段からこんなに囲まれることもないため、俺はどう反応すれば良いのかわからず戸惑う。


「ああ、前やっていた仕事の大事な同期だった・・・からな」


 あれだけ一緒に頑張ってきて、辞める前にはお互いに話すと言ったはずなのに、目の前にいる男は勝手に仕事を辞めると言ったのだ。


「辞める前に相談しろって言っただろうが!」


 そんな俺を見て笹寺は俺に肩を組んできた。


 俺の腹の虫は収まらずその腕を掴み、そのまま自身の胸の前に持ってくると大きく脚を払った。


 学生の頃に柔道の授業でやった"払い腰"を笹寺にかけたのだ。


 意外にも体は当時の動きを覚えていた。


「うおおお」


 笹寺はそのまま持ち堪えられず、声を上げながら受け身を取っていた。


 合気道の受け身は柔道のように畳みを叩くような受け身ではなく、軽やかに回転するように受け身を取ったのだ。


 その姿さえも凛々しくカッコよく見えて腹が立つ。


 ただ単純に、戦友とも思っていた人物の知らない姿に嫉妬していたのだろう。


「ムカつくな……」


「先生のお友達もすごいですね」


 気づいた時には子供達に拍手されていた。武道をあまりやったことはないが、ここまで褒められたら俺も嬉しくなってしまう。


「あはは、そうか?」


 俺の問いに周りの子供達は頷いていた。どうやら本当にすごいらしい。


 これは完璧に近所のお兄さんが凄い人だった状態だ。


「お兄さんも何か武道をやってたんですか?」


「いや、授業ぐらいでしかやったことないぞ?」


 正直に答えると周りはざわついていた。確かに俺の動きは、授業で習ってどうにかなるレベルではないと自分でもわかっている。


「おい、慧それは本当か?」


「おん? そうだだだだ」


 振り返ると笹寺はすでに俺を掴み前後に振っていた。


 脳が揺れる感覚はこんな感じなんだな……と思いながらも、その刺激には投資で得た能力達では対応できそうになかった。


「おい、ならなんでそんな動きができるんだよ!」


 ああ、馬鹿なはずの笹寺がこんなことに気づくとは思わなかった。


 あまりにも揺らされすぎて意識がふわふわとしてきたよ。


「先生、それ以上は流石にお友達も――」


 君たち笹寺を止めるの遅いよ。そこの大人達も今頃慌ててないで、早くこの馬鹿を止めてくれないか。


「おい、慧――」


 次第に笹寺の声が遠くなり、俺はそのまま笹寺の手によって意識が薄れていった。

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