第6話 チュートリアル

「はぁ……はぁ……」


 俺はそのまま地面に崩れ落ちた。命懸けになると気持ち悪さはどこかにいったのか、それとも慣れてきたのか今度は吐かずに済んだ。


「一気に3体はきついわ」


 思ったよりも精神的に辛く、日頃の運動不足もあってかしばらく動けなさそうだ。体の震えも止まらない。


「あー、気持ち悪いわ」


 気づいたらゴブリンの返り血で服は血だらけになっていた。それだけ生きるのに必死だった。


 そして、ブラック企業で働き詰めの自分に久しぶりの運動と爽快感が同時に押し寄せてくる。


 まだ、俺自身が命の危険に陥っていないからそう思えるのかもしれない。実際にさっきの人のように命に関わるぐらい襲われていたら、爽快感なんて感じる余裕もないのだろう。


 俺は一度落ち着いてから、ゴブリン達の遺体を袋に収納した。視界に表示されている時間も残りわずかとなっている。


 俺はスコップを担いで、この世界に来たトンネルを目指して戻って行った。


 それにしてもどこか見たことある風景に、実際の日本と変わらない道と建物がちらほらと目に入っていた。


 文字もゴブリンが出て来るから異世界だと思っていたが日本語と変わらないし、さっきの女性も日本語を話していた。


 俺は不思議に思いながらも、いつ襲ってくるかもわからない中、帰ることだけに集中する。


 ちょっとした善意活動として、単独で活動しているゴブリンはちゃんと倒して袋に収納した。


 意外にも後ろからゆっくり近づけば、ゴブリン1体なら簡単に倒せる。


 それを繰り返しながら戻っていくが、やはり人間には初めにあった女性のみで特に会うことがなかった。


 気づけば女性が倒れている元の場所に戻っていた。


 俺は道中で見つけた花をいくつか摘み彼女の横に置く。あの時はゴブリンに追われて何もできなかったが、今度は無事に天国に行けますようにと祈った。


 トンネルの前で待っていると突然アラームが鳴り出した。どうやら時間が過ぎるとアラームが鳴る仕組みらしい。


 今度はトンネルに向かって手を恐る恐る伸ばす。前は透明な障害物に止められたが、今回は何もなくすんなりとトンネルの中に入っていく。


 さっきまであった壁はどこに行ったのだろうか。


「もうこんな経験はしたくないな」


 もう二度とこんなトンネルに入らないと決心し、トンネルを潜る。するとまた脳内にアナウンスが聞こえてくる。


【チュートリアルお疲れ様でした。今回の報酬を計算します】


 チュートリアルと言っていたが、一応今回もクエストのようなものになっていたらしい。

 

 本当にゲームみたいな世界に俺は呆れながらも声を聞いていた。


【ゴブリン討伐数9体、民間人死亡1人です】


 どうやら初めに亡くなった女性もクエストの中に入っているらしい。


【それでは報酬の発表です。ゴブリン1体につき3万円で計27万円になります。そして、民間人1人死亡したため、-5万円となり合計22万円の報酬となりました】


 どうやら円計算で報酬を貰えるらしい。あの女性を助けていればきっと報酬が変わっていたのだろう。


 クエストとはいえ、やはりゲームの中だけでも使えるお金は多い方がいいからな。それにしてもあの世界に行く気もないから、お金を貰っても使う機会も場所もないはずだ。


【マジックバックの中身は売却しますか?】


 突然袋の中身がウィンドウに表示された。そこにはゴブリンを回収したときに手に入ったゴブリンの耳や心臓、魔石などがある。きっと回収した時に自動で振り分けられるシステムなんだろう。


 この辺がさらにゲームのように感じさせている。


「あー、とりあえずいらないから全部売ればいいわ」


 俺は全て売却選択をするとそこには20万円と表示されていた。ゲームのお金自体をもらってもあまり嬉しくはない。このままもらえたらすぐにお金持ちになってしまうだろう。


【お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております】


 脳内に響いていた声は遠くなり、何も聞こえなくなっていた。


「今度は来ませんよー!」


 俺の声はトンネルの中に響いていた。あの声の人物に聞こえたかはわからないが、きっと届いただろう。


 光を目指してトンネルの中を歩いていくと、急に光が強くなり目を閉じる。


「眩しいな」


 ゆっくりと目を開けると、そこには普段と変わらない光景があった。


 目の前には長年住んでいる家に、まっすぐと立った電柱。さっきまでの光景は夢のようだった。あの荒れた町はどこにもない。


「やっぱり社畜過ぎて頭をおかしくなったんだな」


 働きすぎて心身共に疲れて、幻覚でも見ていたようだ。


 俺は溜まった疲れを癒すために家に戻ると、玄関の鏡に映った自分の姿に驚いた。


「あれは現実だったのか!?」


 鏡に映った姿はさっきと同様にゴブリンの血で、真っ赤に染まっていた。よく見ると体中は傷だらけだが、痛みはあまりの必死さに忘れていたのだろう。


 今になって少しずつ痛みが増してくる。


 仕事の時とは違ったアドレナリンの放出の仕方だ。


 やっと感じた体の痛みに俺は現実世界に帰ってきたことを実感した。


 そして、俺の右手にはなぜか麻の袋が握られていた。

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