第15話 固有スキル
「は。てめー。チート使ってんじゃねーぞ?」
半家が俺様の胸ぐらをつかみかかる。
「止めてください。こんなところで!」
眼鏡が視界の端に映る。
「チートは使っていない。全て俺様の実力だ」
「は。なら、なんで勝ち進めている? チートだろ」
「決めつけるな」
俺様は逆に半家の胸ぐらを掴みかかる。
「く。貴様!」
「半家よ。さっさと降伏しろ。俺様のもとにつけ。そうすれば命だけは助けてやる」
「そんな敵の言葉を信じるほど、甘くねーよ!」
半家は苛立ちからか、顔を赤くする。青筋を立てる。
「敵て誰だよ……」
俺様は小さく吐き捨てると、眼鏡に向き直る。
「僕は一度、あなたに救われました。なるほど。そうすれば否定はしにくくなりますね」
眼鏡は冷静な様子で語り出す。
「僕は半家を信じますよ。ここには死んだはずの者が集まっている。その必死さをあなたからは感じない。まるで〝死〟を待っているかのように冷静だ」
本来〝死〟に直面すると、人は慌てふためくものだ。それを感じさせない俺様に違和感を覚えたらしい。
それも一つの選択だ。
眼鏡と半家は捨てるしかない……。
また見捨てるのか?
前みたいに?
俺様の疑問が浮かんでは消えていく。
もう二度と失いたくはない。
そう分かっていても、俺様は――。
いやまだだ。
伊里奈がいる。
最後の家族なんだ。見捨てるわけにはいかない。
喩え、眼鏡や半家が死んでも。
その覚悟はできていたはずだ。
俺様は勝たなくてはならない。
勝つのだ。
俺様の仲間にならないというなら仕方ない。
仕方ないんだよ。
諦めろ、俺様。
そのあとも何度かゲームを繰り返した。
持ち前の観察眼でどのゲームもプラスになっていたが、それをチートと勘違いしている半家。
眼鏡はなんとなく理解し始めているようにも思える。
さすがプロのゲーマーだ。やることにそつがない。
しかし、このままではいけない。
俺様はゲームをやりつつ、運営の目を誤魔化すために、モールス信号で呼びかける。
トントンツーと机を鳴らす。
「クセですか?」
眼鏡が俺様の信号に気がついたようだ。
「ああ。悪いな」
ちらっと一瞥し、再びモールス信号を行う。
「……は。てめーのクセなんぜ、興味ねーよ」
半家が苛立った様子で手札を見やる。
カジノでだいぶLPを稼いでいるようだが、半家は俺様の信号に気がつきもしない。
眼鏡がトントンと机を叩きだす。
『本当に信用していいのですか?』
『俺様は嘘はつかない。てめーも助かりてーだろ?』
『それは、そうですが……』
モールス信号でやりとりをしていると、半家がジト目を向けてくる。
「二人して、うざってーよ」
半家はそう言い、山札から一枚引く。
ブラックジャックだ。
今度は俺様が指示したように眼鏡が山札から一枚引く。
それを見てこちらに目配せする眼鏡。
「これは僕の勝ちですね」
そう言って眼鏡は合計21になったトランプを見せびらかす。
俺様はわざと負けて、親から大量のLPを稼ぐ。
「なるほど。分かりました。やってあげましょう」
それは眼鏡の俺様への言葉だった。
「ああん? どういう意味だ、そりゃ」
理解していない半家がむしろ憐れに感じる。
しかし、眼鏡はこちらの意思を理解してくれたらしい。
「スキル《怨嗟の声》を発動」
半家がそう呟くと、AR技術により、派手な演出が加わる。
その対象が俺様になると、LPが減っていく。
「なんだ? 何をした!? 半家!!」
「これはおれがお前を憎んだ、その怨嗟が生み出す固有スキルだ!」
固有、スキル……?
「いや待て、なんだ。その固有スキルとは」
「はん。知らなかったみてーだが、人にはそれぞれ特徴がある。その特徴を意識した《固有スキル》というのがあんだよ。これでテメーも終わりだ」
マズい。
今の状況だと一分でLP1を消費している。このままだと18分で終わる。
対策としてスキルをいくつか買っていたよな。
あの中から使えるスキルを選ぶしかない。
「スキル《癒やしのポーション》発動」
スキル《癒やしのポーション》は、最大だったLPまで徐々に回復させるというもの。
今が1100LPだから、あと400LPを稼がなくちゃいけなかったのに。
それを邪魔してくれたな。
スキル《怨嗟の声》とスキル《癒やしのポーション》は同等くらいの増減をもたらす。
「は。その程度じゃ、てめーにかかった呪いはとけねーよ」
ビーフジャーキーを噛みながら、半家がかかかと笑う。
今のLPは800。
スキルの発動に時間がかかってしまった。
やってくれたな。
俺様と眼鏡のやりとりを知れば、半家も理解してくれると思ったが、そうはいかないらしい。
「スキル《枯れ葉》発動」
俺様の目の前に大きな樹木が現れる。
枯れ葉が舞い、俺様を包み込んでくる。
「ははは! 時間つきの、爆弾だ! 思い知れ!」
「爆弾!?」
俺様は時計型のAR端末を操作する。
【状態異常:枯れ葉】
【枯れ葉:時間が経つに連れてLPの消費が激しくなる】
く。これでは失敗ができない。
通常レートから外れた消費LP。
失敗することが許されないゲームになるだろう。
それも時間がかかればかかるほど、不利になる。
「半家、お前が攻撃系スキルばかり集めていたのか……」
「は、そうよ! ゲームってのは勝って初めて楽しめるもんさ!」
「違う。ゲームは、ゲームはそんなんじゃない!」
チラリと頭をよぎる家族の顔。
みんな笑顔でゲームをしている。
「ゲームは戦いの道具ではない」
「なら、なんで競うんだ? なぜ順位がつくんだ?」
「そ、それは……!」
なんで。
なんで、順位がつくのだろう?
俺様と伊里奈は数知れないほどのゲームをこなしてきた。
それは遊びの延長線上だった。
だからゲームは遊びだ。
しかし、目の前にいる半家にとってゲームとは仕事だ。稼ぎだ。
スポンサーが代々的に推しているゲーマーだ。
それを知らないわけではない。
となれば、彼にとってはゲームは仕事だ。遊びじゃない。
勝てなければ株が下がる、厄介な仕事だ。
看板を背負って生きているのか。
その責任は俺様にはない。
だからと言って俺様が間違っているわけじゃない。
そうだ。
俺様は取り戻すんだ。
あの頃の生活を。
帰るんだ。あの六畳一間の部屋に。
「ゲームは遊びだ。遊びだからこそ、必死で勝つんだよ」
「は、何寝言を言っている。ゲームは仕事だ。eスポーツだ。金の世界だ」
「違う。貴様は自分の価値観を押しつけているだけだ!」
「てめーに言われたかねーよ!」
半家は怖い顔をして俺様をなじってくる。
「ま、まあ二人ともそこまで。今日のゲームは終わりだよ」
「は。ちげねー。眼鏡くんよぉ。勘違いすんじゃねーよ? そいつがお前をここに追いやった張本人だ」
「それは……」
眼鏡の眼鏡が怪しく光る。顔色は見えない。
「眼鏡。てめーは俺様の仲間だよな?」
「……すいません。少し考えさせてください」
そう言って自室に閉じこもる眼鏡。
「は。てめーなんて誰も信じちゃいねーよ」
吐き捨てるように言い、自室に向かう半家。
俺様は、どうすれば良かったんだ?
やはり伊里奈がいないとコミュニケーションの取り方が分からない。
もう、誰も殺したくないというのに。
もう、誰も死んでほしくないというのに。
俺様は。
ふらつく足取りで部屋へ戻る。
未だに《怨嗟の声》と《癒やしのポーション》が競り合っている。
しかし《癒やしのポーション》には制限時間がある。
《怨嗟の声》には制限時間がないらしい。
確実に俺様を仕留めるためのスキルだ。
しかし、となると俺様の固有スキルはなんだ?
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