第11話 眼鏡

 僕、狩野かりのは眼鏡をかけている。

 そんなことが多い。

 だからいじられることも多かった。

 よく「眼鏡が本体なんだろ?」といじられるほどだ。

 だって、それ以外に特徴がないんだもの。

 最初は苦痛だった。自分が自分でないように言われていて、それですべてが完結しているような。

 言いようのない不快感があった。

 でも、いつからか、僕は逆にそれを力にした。

 いじられるとわかっているなら、自虐ネタでいこう、と。

 眼鏡が本体です!

 そういうとみんな何も言わなくなる。言えなくなる。

 それが僕にとっては痛快だった。

 いじられる前にいじる。

 それが今の僕を支えている。

 そんなある日、友達に誘われたゲーム大会で、僕が転部の際があると気づいた。

 予選だったものの、リーグ戦に残る強敵である荒田あらたを倒したのだ。

 それから、僕はゲームにのめり込んだ。

 ゲームネームは『眼鏡』。

 世界最強の眼鏡を目指して、精進する毎日。

 でもネットゲームでもいつも勝てない相手がいた。それが相羽兄妹だ。

 彼らの強さは次元が違う。

 まるでカオスの権化、王者の風格すらあった。

 すべての盤上をひっくり返すほどの逆転劇や最初から仕込まれていたレールの上を歩く感じがあった。

 僕は天才だ。

 だが、天才ゆえ悟る。このゲームでは勝てない、と。すべて相羽兄妹に導かれている、と。

 だから、それ以来、地下ゲーマーとして小さな大会で名を馳せるようになった。

 当然、賞金の額も少ない。プロゲーマーとして生きていくにはちと荷が重かった。

 始めた電気屋でのバイト。

 メイド服を来て宣伝する秋葉原の一角で、僕も電気屋の宣伝をした。

 もう秋葉原が電気街と呼ばれてから遠のいた時代だ。

 でも、僕が生きていくにはパソコンの組み立てから、部品を集める今のバイトしかないと思った。

 知識ならあった。

 だからバイトもできた。

 でもそのうち、メイド喫茶に潰された。

 僕は思った。

 世界はなんでこんなにも残酷なのだろう、と。

 生きていくために、バイトの面接をする毎日。

 〝好き〟で食っていける人なんて本の一握り。

 実際には妥協と嘘で成り立つのが世界なんだ。

 それを知ってから、僕はがらりと変わった。

 闇バイトと呼ばれるものに手を出し、ハッカーとしての才覚を発揮するようになった。

 世界最強のハッカーが誕生した瞬間である。

 しかし、そのハッカーも長続きはしなかった。

 『青の騎士団』というハッカーが僕のサイトを、闇バイトを奪っていたのだ。

 挙句の果てに。

『青の騎士団様の方が優秀だし、料金も安いから』

 そう言われては僕は立つ瀬がなかった。

 そして、その青の騎士団が相羽伊里奈のことを指すと後で知った。

 どこに行っても僕を邪魔する相羽兄妹。

 僕は彼らを信じきれないし、彼らを嫌ってもいた。

 最初にあった時は感じなかったし、協力関係を築けると思った。

 それすらも甘かった。

 彼らは自分らにかかる火の粉を振り払うようにして半家を殺した。

 最初から騙されていたのだ。

 彼らにとって、僕らは盤上の駒でしかない。

 いつでも刈り取る準備はできている。

 そこに情などない。

 彼らはどこまで行ってもゲームをしている。

 その幼い脳みそで誰が犠牲になるともいとわず、死神の鎌を振るう。

 そんな悪魔みたいな人だ。

 でも、このゲームもそろそろ幕を閉じる。

 僕はここでリタイアだ。

 もう彼らの鎌に触れていたらしい。

 彼らに目をつけられていたらしい。

 終わった。

 人生が終わるとき、走馬灯が蘇るらしいけど、確かに僕は過去を見た。

 そして過去から今、助かるだけの瞬間を読み取るのが走馬灯らしいが、現実は残酷だった。

 僕は生き延びることができないらしい。


 俺様と伊里奈は、眼鏡とゴリラ、博士、そして無駄乳女の部屋を突き止めた。


「嫌だ! 僕はもっと生き延びたい!」

 俺様が開けた扉の向こうで頭を抱えたまま、叫ぶ男がいた。

 おしゃれな眼鏡をかけており、お坊ちゃんのような出で立ち。そのアイスブルーな瞳の奥では生にしがみつく炎がメラメラと燃えていた。

 まだ死ぬような柄じゃないのかもしれない。

 でもLP80の眼鏡はここで退場。

 伊里奈のスキル《数値操作》で通常の七倍の消費がある。通常でも20の消費だが、今は140の消費だ。

 これで生き残れる者などいやしない。

「なんで、なんで僕がいることがわかった?」

「そんなの簡単よぉ。塗料のすり減り具合だ」

 俺様が親切心から言ってやると、眼鏡の瞳から光が消えていく。

「ははは。そんなの最初から勝ち目ないじゃないか……」

 化け物。

 そう告げる眼鏡。

 俺様を酷く醜い目で睨めつけてくる眼鏡。

 項垂れたようにも見えるうつむいた顔。

 これから〝死〟が待っている。

 彼はどんなに言っても、俺様を憎むであろう。

 俺様を許さないだろう。

 俺様の〝死〟を喜ぶだろう。

 だが、それでいい。

 俺様は勇者ではないのだから。

 人格者ではないのだから。

 聖人君子ではないのだから。

 俺様に期待するのが間違いなんだよ。

 世界から見捨てられた俺様と伊里奈は、世界に復讐する。断じて明るい過去ではない。

 この気持ちを押さえつけているのは理性だが、それすらも、憎しみに変わってしまいそうだ。

 運営に運ばれいく眼鏡。

「死ね。みんな死ね!」

 そう言い残し、大型のミキサーでミンチにされる眼鏡。

 〝死〟を見た無駄肉乳女が嘔吐したり、貧乳女が口元を覆ったりしている。

 そんな情感たっぷりな皆様がこちらを睨む。

「あんた。どいうつもり!?」

 無駄肉乳女が胸元を掴みかかってくる。

「落ち着け。これはゲームだ。勝ち負けが決まるのがゲームだ。お前らだってそうだろ?」

「違うわよ! 私はみんなで脱出する方法を探していた。なのに、あんたは……!」

 生ぬるいな。

 ゲームで手を抜くやつは嫌いだが、舐めてかかるやつはもっと嫌いだ。

「しかし、まあ、脱落者はもう一人」

 俺様が振り返り、その顔をみやる。

「博士、だ」

「ち。分かったよ。負けたよ」

 肩をすくめて、飄々ひょうひょうとした態度で前に出る博士。

「悪いな」

 俺様は小さな声でつぶやく。

 それを聞いていたのか、博士が意外そうな顔を向けてくる。

「そう思うなら、次から気をつけな。相羽兄妹」

 エレベーターで運ばれていく博士。

 なんだろう。胸騒ぎがする。

 だが、俺様はすべてのスキルに目を通したはずだ。

 《敗者復活戦》。

 そうだ。あのスキルがある。

 ということは博士も?

 俺様は怪訝な顔で博士を見送る。

「あんた。どういうつもり?」

 苛立った顔の無駄肉乳女がいた。

「テメーの穴もふけねーザコによーはねーよ」

 俺様は酷く鬱屈した態度をとり、次のゲームまで待機することにした。

 俺様がヘイトを集めているお陰で伊里奈へのダメージは少ない。

 昔からそうだった。

 伊里奈のトラウマにならないように生きてきた。

 俺様がいることで伊里奈はいじめられなくてすんだ。伊里奈が直接的に攻撃されずにすんだ。

 儚くも可憐な伊里奈はいつだって注目の的だった。

 でも俺様という兄がいることで警戒しながら近づくが多かった。

 俺様は良い弾除けだったのだ。

 エロいことしか考えていない中学生の男子からは熱狂的なラブコールが聞こえてきたものだ。

 だから、分からせてやった。

 拳で。俺様の傲慢なまでの態度で。

 それに加えて伊里奈自身も、複数の人と関わりを持つことをやめていた。

 超がつくほどのコミュ障だからだ。

 人と会話をすること自体が苦痛に感じるタイプなのだ。

 俺様はよく知っている。

 LPが900になった俺様と、LPが1005になった伊里奈。

 次で決着が着く。

 こんなかくれんぼはしまいだ。

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