十六、個人差があります
「リッド! どこへ行っていたの?」
部屋に戻るなり、ユイルに怒鳴られた。
彼女はベッドの上に座ったまま放心状態になっていたらしい。
「ごめんごめん。君の服を借りに行っていたんだ」
「私の服を?」
「黒ずくめじゃ逆に目立ってしまうから、服を着替えた方がいいんじゃないかと思ってさ」
リッドはそう言って持っていた衣服をベッドの上に下ろした。
「街で流行のデザインらしいよ。そういうの、僕にはよくわからないけれど、僕の友人が見繕ってくれたんだ」
「こんなに早くから?」
「それくらいしてもらって当然だよ。あいつは面倒な案件ばかりを僕の名簿にまぎれ込ませていたんだから」
だから気にしないでと言うと、ユイルはぎこちなく頷く。
「でも、私こういう服は着方がわからなくて。何をどうするのかさっぱりだわ」
服を広げて見る。
「僕もわからないから助っ人を呼んだ」
「アタシに任せな!」
勢いよくドアを開けて登場したのはサージュだ。
朝の番の従業員と交代したところですぐにでも休みたいはずなのに、事情を話したら快く引き受けてくれた。
「だって、かわいこちゃんを変身させるのとか、そりゃもう楽しいに決まってるだろ」
「かわいこちゃんって」
呆れて笑っているとギロリと睨まれた。
「ここからは女の時間だ。あんたは下で待ってな」
乱暴に追い出され、一階の食堂でしばし待つことになった。
しかし降りてみればそこには簡単な食事が用意されていて、リッドはサージュの優しさをしみじみと感じた。こういうところが『姐御』と呼ばれる所以なのだろう思った。
スライスされた黒パンとハムとチーズ。カップには刻んだ野菜と豆がたっぷり入った薄味のスープが注がれていた。
「やっぱりこの国のパンは美味しいな。この酸味がクセになるんだよ」
ふわふわという響きとは無縁な、しっとりぎっしり目が詰まったパンを噛みちぎりながら二階の様子をうかがう。
物音は聞こえてこない。
そういえば例の迷惑な客は静かになっていたなと思い出していると、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。
階段を下りてくるサージュ。その後ろに隠れるように歩く、黒以外の服を着て髪をきれいにまとめたユイルの姿は新鮮で。
「ちょっと、これ、短すぎない?」
困惑しながらスカートの裾をひらひらさせる。この国では基本的にはくるぶしが隠れるくらいのスカートやローブが主流だが、若い女性の中ですねが見えるほどの丈が流行っているのだという。
「これくらいの長さも、慣れると動きやすくていいもんだよ」
やはり流行を押さえているサージュがスカートをちょいと摘まんで一周まわってみせた。
一方のユイルは、本当に慣れる日が来るのだろうかと疑いたくなるほどに不安そうな顔をしていた。
若草色のスカートに、上半身にはベストとコルセットの合いの子のようなものを巻き付け。前見頃の編み込みの紐をしっかりしぼっているせいでいつもより体の線がよくわかる。
が。
「本当に二人は同じデザインの服を着ているの?」
並んだサージュとユイルの着ているものが同じと言われてもどうにも信じがたく。
「そりゃあ、ここの違いさ」
サージュは背筋を伸ばしドンと胸を叩いた。胴衣の中はぎっしり詰まっているように見えた。
「ああ。そういうことか。納得したよ」
そこまで言って、失敗したと気づいた。
恐る恐るユイルの方を見てみると、とても冷たい目でこちらを見ていた。
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