第34話 残り半年
ホテルでの話し合いの2日後、裕司から紹介されたガンの権威として著名な教授が在籍する大学病院を訪ねた。1日がかりで様々な検査を受けた後、1週間後には教授と向かい合っていた。
「ご家族はいらっしゃるかな?」
「はい両親はおりますが、今のところは私が直接結果をうかがいたいと考えているのですが、それではまずいでしょうか?」
「いや、田中裕司先生からも結果は本人に知らせてくれとうかがっていますよ。厳しい内容になるが大丈夫かな?」
「はい大丈夫です。自分のことですから教えていただきたいと思います」
「わかりました検査の結果ですが・・・・・脳腫瘍ですね。残念ながら既に末期の脳腫瘍です」
まるで心の中をのぞき込むような眼差しで隆一郎の瞳の奥を見つめてくる。しかし隆一郎の瞳の中には怯えも怖れも哀しみも絶望も見つけられなかった。
「脳腫瘍ということはつまりガンなんですね」
「はい、誠に残念ですが・・・・・」
「末期ということはもう既に治療のしようがないということなんでしょうか?」
「残念ですが・・・・・」
「先生、私はあとどの位生きられるのでしょうか?」
「長くてもたぶん半年程度だと思います」
『半年か・・・・・しょうがねえな』
隆一郎にとって、今までの人生のなかで最大で最悪の告知であった。なぜなのか驚きはなかった。絶望感もなかった。悲しみも、恐怖さえなかった。唐突であまりに重すぎる事実に・・・・・
仕事の関係で重要な会議が重なり、田中との時間が取れたのは告知の3日後であった。いつものホテルいつものバーのいつもの席で向かい合う隆一郎と田中。
まるで何も存在しないような透明感が強い大きなガラスの壁がバーの全体を包んでいる。ガラス壁の向こうはまるで美しい夜空の星のような煌く夜景が佇んでいる。
ガラス壁の内部は、仄暗い室内の中で照度を落とした年代物のシャンデリアが重厚な高級感を醸し出している。
どのテーブルもいかにも品が良さそうな上客がグラスを傾けている。
「おい隆、どうだったんだ?」
真剣になった時の田中の癖は小学校の頃から変わりはしない。女性の話や受験の悩みなど本当に困った時は必ず『隆一郎』ではなくて『隆』なのだ。子供の頃から変わらず。
「慌てるなよ裕司、まずは飲み物をオーダーしてからだ」
テーブルに体を乗り出して直ぐにでも結果を聞こうとする田中の真剣な顔はまるで小学生の頃と変わらない。
『いつまでたっても裕司はまるでこどものままだな。本当に俺のことを心配してくれてるんだな』
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