第25話 ありがとうの重さ
影1910は廃寺の蔭に佇んでいた。間もなく日も暮れるであろう時を向かえていた。400年以上も同体していた杉が昨夜の落雷を直撃し中程で折れ既に死に絶えていた。
影1910は瞬きを教えられた。瞬きの素晴らしさを感じられた、瞬きを大事に生きることを決意したばかりであった。400年以上同体した杉の感情を初めて認識し共に寿命を全うしていく責を強く自覚したばかりであったのに。
『バリバリッドドーン』
暗闇に佇む廃寺の眠りを覚ます真昼のような閃光が煌めき、天地を裂く激烈な音07と振動が生である杉に直落し一瞬にして杉の命を絶ち炎にまみれた。
瞬きにも満たない僅かな刻であったが影1910はスローモーションのようにゆっくりと事象の動きを捉えていた。
聞こえていた。息絶える寸前に生である杉の発する思念が影1910には小さいがはっきりした声として聞こえていた。
『ありがとう。素晴らしい時を』
穏やかで優しいものであった。誰に向かって発したものでもない。自らに自らの魂に発した思念。400年を超える長き年月の瞬きの刻を生きてきた生である杉の最期の思いであった。
生の深き思いに影1910は震えた。ゆっくりと流れる時の流れの中で杉の魂である影として受容し難かった。
魂として生である杉に何をしてきたのか、共に生きるべき生に何の影響を与えてきたのか?生の成長に何の誘導を行ってきたのか?
生に還すべき答えが見つからない。瞬きを生き命を見事に全うした生に対して応えるべき賛辞の言の葉が見当たらなかった。生の発した『ありがとう』の重さに籠められた人生への謝意に応える想いが見つけることかで着なかった。
影に目があるわけではない。魂として生の喜びを悲しみを怒りを観ている。また生を通じて外界を見る。外界は見ていたずっと。しかし同体した生の喜びや悲しみをそして怒りを、様々な感情の動きを果たして観ることができていたのであろうか?
否である。400年も超える長きの時の流れの中で漫然と漠然と立ち止まっていた。ただ時の長さにのみ囚われ時の長さにのみ疲れ果てて。
陽が傾き廃寺の陰もより濃いものの変わりつつある。廃寺の陰が取り巻く回りの薄暮と融合し世界を闇が包む頃、陰が蠢き囁く。
『闇合ありて集えとのことである』
影1910は頷く。薄暮から濃い闇に変容する世界を茫然と観つめながら。
全ての空間が闇に溶けて世界が闇に支配される。空間のみでなく時も闇に溶ける。闇さえ届かぬ高き空に浮かぶ月や星のみを残して。
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