第30話 主人公適性とヒロイン適性
「クズ。あなたの言ったとおりでした」
リリカが小さく言う。
表情はなく、何かを諦めたかのような声色に感じた。
「わたしは今までずっと布教を続けてきたのに、全く成果がありません。それなのに……この二週間足らずの間に、都合よく急に上手くいくはずがなかったのです」
「…………」
えっ、今さら?
俺の正直な感想としてはそんなところだ。
けど――お前は、そうじゃなかったと思うんだけどな。
「それで? もう布教は明日からもやめにするってことか」
「だって、これ以上やっても意味がありません」
「……母親の」
「え?」
「母親みたいな使徒になるんじゃなかったのかよ」
「それは……」
リリカが口ごもる。
こいつは『ビラムの森』で少しだけ明かした。
聖翼教の使徒である母親が、自分にとっていかに特別な存在なのかを。
「まったく。お前なんかにそう思わせるなんてよ。母親はお前なんかと違い、さぞかし立派な使徒だったんだろうな」
「ど、どういう意味ですっ」
俺の発言に声を荒げたのも一瞬のこと。
「……でも、そうですね」
リリカは青く澄んだ瞳を噴水の方へと向けた。
気のせいか、どこか優しげな顔で。
「町の中できらきら光って、みんなの心を潤わせる……噴水のような人でした」
「はあ? ふ、噴水?」
「お母さんがいる教会には、本当にたくさんの人が集まっていました。私もこんな使徒になりたいって、そう思ったんです」
「…………」
「でも、私のせいで……」
その沈黙が何を意味するのか、俺には知りようがない。
母親が今はリリカの傍におらず、『大罪人』と呼ばれているらしいこと。
それはリリカが『聖遺物』であることも、無関係ではないのかもしれない。
俺には、なんの関係もないことだけれども。
「ねえ、クズ。なんとかしてください。転移者でしょう」
「……はあ?」
それなのに、こいつはまたいつものように。
適当で、無責任極まりない無茶振りをしてきやがる。
「お前なあ。いい加減クドいぞ。転移者だから……」
だから俺もまた、いつもみたいに呆れ気味にリリカの方を向き――
「…………!」
それを見た瞬間、思わず言葉を失った。
「私は、お母さんみたいな使徒にならないといけない……お母さんの、代わりに」
リリカの頬を伝うもの。
ぼたぼたと、抑えきれない感情と一緒に青い瞳からとめどなく流れるもの。
それは涙だった。
「そう約束した……からっ。こんなところで、終わるわけにはいかない……!」
いつも氷みたいに冷めていたリリカが。
大人ぶった態度で大人を見下していた小さい少女が。
まるで年相応の子供のように、泣いていた。
「みんなだって、がんばってるのに……わたしなんかのせいで、この教会を終わらせるわけにはいかないのに……!」
みんなとは、おそらくフレスタ教会の使徒達のことだろう。
リリカが他の使徒に素っ気なかったのは、決して拒絶なんかではなく。
むしろ自分がフレスタ教会の平穏を壊す劇薬になりかねないことを理解していたからこその、後ろめたさからきていたのかもしれない。
自分という存在の重さ。
その小さい体だけでは背負いきれないほどの、大きな宿命。
(…………ああ、もう)
クソめんどくせえ。
こいつが可哀そうな奴だってことはよくわかったよ。
俺がかつて好んでいたファンタジー系のラノベやゲームに出てくれば、十分にヒロインを張れるだけの悲劇を抱えているんだろう。幼女なのは置いといてな。
けど、残念ながら目の前にいる俺は、そんな物語の主人公とは違う。
聖翼教の伝承にある転移者のような英雄なんかでもない。
『
クズである前にコカゲとしての使命を貫かないといけない。
だから俺は。
「笑えよ」
そんなことを口走っていた。
――うん?
「クズ……?」
リリカがぽかんとしている。
そうだ。
俺は今、何を言った?
「……だからなんだ? んなもん、俺の知ったことかよ」
とりあえず、俺の口から出たのはリリカへの文句だった。
「なんでいちいち俺にそれを打ち明ける!? 最初からお前は自分の体の秘密を俺にはあっさりバラしやがったし、『ビラムの森』でだってゴブリンを倒せだのモニクさんを助けろだの無茶ぶりばかりしてやがった! 俺はただの六流冒険者で、ただのアルバイトだぞ!?」
「え……えと……」
「俺が転移者だからどうしたってんだよ! 転移者はみんな英雄ってか!? 英雄だからなんだ! 可哀そうな自分を助けてくれるとでも思ったのか? ふざけんな! ちょっと天使みたいに可愛いからってヒロイン気取る暇があるんなら、諦めずに最後までやりきれよ! 母親みたいな使徒になるんだろ!」
「な、なんですかそれ……」
リリカが体を震わせる。
そして涙に濡れた瞳で、俺をギッと睨みあげた。
「これ以上どうしろっていうんですかっ!?」
「ああ!?」
「今の状況、わかってるでしょう! あと三日しかないんです! 三日の間に三百冊以上の布教をしないとわたし達の教会が無くなってしまうんです! もうどうしようもないに決まって……」
「だから、まだあるじゃねえかよ」
「え……」
一体何を言っているのかという自覚はある。
今の俺はこんなことをしてる場合じゃない。相棒のヒナタが待っている。早くこいつを連れて、指定の場所に行かないといけない。
レア度SSS級の『聖遺物』であるこいつを、連れ去らないといけない。
「優しい一級使徒様がわざわざ用意してくれた、そんな簡単な方法がな」
それでも俺は止まらなかった。
ベンチで呆然とするリリカに向けて言う。
「お前は毎日散々布教をやってきただろうが。仕込みは十分。後は仕上げだけだ」
「なにを言って……」
「だから笑え。そうすれば、たかが三百冊くらい一日もあれば余裕でカタがつく」
「…………、」
リリカが驚いたように目を見開く。
安心しろ。俺はもっと驚いてる。
それでも俺の言葉は最後まで止まることはなかった。
「さて、ここから見せてやるとしようぜ」
――ああ、もう、マジで本当に。
「俺達フレスタ教会の底力が引き起こす、奇跡の逆転劇ってやつをな!」
なんでいちいちこうなるんだろうな!
そして三日後――布教ノルマの最終日。
フレスタの町の中央にある噴水広場は、相変わらず賑わっていた。
香ばしいパンの匂いと、それにつられるように集まる町の人々。以前より町が元気に見えるのは、少し前まで猛威をふるっていた流行病が去ったからだろう。
詩人の歌や大道芸人の芸がそんな町の平和を祝福する光景も、もはやお馴染みだ。
そして今日は、いつもは見かけない奇妙な男の姿もあった。
ゴブリンを模ったマスクをしているので、その素顔は見えない。
「聞けい、愚かしい民共よ!」
男は両手を大きく広げ、通りゆく人達に何やら叫んでいる。
「まず最初に言っておく! てめえらは人間じゃねえ! 生きながらにして多くの罪を積み重ね、それに気付くだけの知能すらも持ち合わせていない虫ケラだ! 考えること、自らを省みることを放棄し、ただ与えられただけの日常を享受するだけのカスにも劣るクソみたいな存在だ!」
背中には天使っぽいイラストがプリントされたハッピ。
男の大仰な仕草に合わせ、それはバタバタと大きくひるがえる。
「フレスタは自然が豊かでパンもうまい、素晴らしい町だ! しかしフレスタを彩る自然は女神ラナンシア様によりもたらされたものであり、パンがうまいのは偉大なる先人たちによる研究と研鑽が受け継がれてきたからに他ならない! 今を生きる貴様らは、ただそれを貪り喰らうだけの害虫でしかない! パンの香ばしい匂いでごまかせると思ったか! しかし残念、我らが天使様はなにもかもお通しだあ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「天使様! 天使さまあ! 天使さまああああああああああああ!」
そしてゴブリンマスクの怒号にも負けないほどの熱狂。
ざっと五十人は超すであろう行列から、それは沸き起こっていた。
「そう! こんなクソ共の蔓延るフレスタに、天使様が降臨なされた!」
男が芝居がかった動きで指し示す先には、一組のテーブルとイス。
そこには銀髪の幼女がちょこんと座っていた。
「この可憐なる天使様が、女神ラナンシア様に代わりカスにも劣る貴様らをお赦しになられるのだという! おお、なんという慈しみ深き天使様よ!」
「リリカちゃ~~~ん!」
「超カワイイ! マジ天使!」
「ホオオオッ! わたくしめにも御慈悲をお与えくださいましィィィ~!」
リリカだった。
いつもの喪服のような修道服はフリフリした感じの黒ワンピースドレス風にアレンジされ、銀糸のような髪も青いリボンでツーサイドアップ状に結われている。「可愛い」よりも「カワイイ」という感じに仕上げられていた。
「罪深きクズ共よ! 今こそ自分を改めて見つめ直し、その罪深さを省みよ!」
ゴブリンマスクが拳を天に突き上げる。
そして叫んだ。
「さあ、懺悔しろ!」
周りの連中もそれにならい、拳を突き上げて叫ぶ。
「「「懺悔しろおおおおおー!」」」
ゴブリンマスクが叫ぶ。
「懺悔しろおおおおおおおお!」
また周りも叫ぶ。
「「「懺悔しろおおおおおー!」」」
そんな感じの応酬が、何度も何度も繰り返される。
熱気に煽られるようにバタバタとはためく横断幕。
そこには、ポップ調のアストラルド文字でこんなことが書かれていた。
『フレスタの天使 リリカちゃん握手会』
日ごろ抱いている罪のきもち、ありませんか?
少しだけ懺悔してみませんか?
天使のようなリリカちゃんが、今ならなんでも赦してくれちゃいます!?
~ 超限定! 激レア! 『リリカちゃんサイン付きサムネの書』プレゼント!~
「これは一体どういう状況なの!?」
ちょうどそこに訪れた金髪のシスターが愕然としながら叫ぶ。モニクさんだ。
俺はモニクさんへと近づき、声をかけた。
「どうも。お疲れ様です」
「ひわあっ! そ、その声はクズですか?」
「……おっと。そういえばマスクつけたままでしたね」
ゴブリンを模したマスクを外す。
蒸れた熱気と共に現れたのは、リリカに幾度となく気持ち悪いと言われた俺のそこまで気持ち悪くはない(はずの)俺の顔だ。
俺を見たモニクさんが真顔で問うてくる。
「何をしているの?」
――本当、俺は何をしてるんだろうな。
けど、もう走り出してしまった。
今さらもう止めようがない。
だから俺は、モニクさんに向けて当然のようにこう返すのだ。
「別に? 布教ですけど?」
「どのあたりが!?」
ともあれ。
こうしてフレスタ教会の命運を懸けた最後の布教活動が幕を開けたのだった。
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