第442話 ドワーフの里の『転移門』
『OAW』の世界で転移と言えば、町や街、都市に設置されている『転移門』による移動のことを指す。他にも大陸統一国家時代の遺跡にあったものなども存在するけれど、実用化されているという点から見れば『転移門』一択でしょう。
さて、ここまで説明したことでこう考えた人もいるのではないかな。
「『転移門』があったのなら、助けを呼び放題だったんじゃね?」
と。
それどころか、
「そもそもこれがあるなら人の行き来の封鎖なんてできないだろ」
なんて核心を突いた疑問に到達する人だっていたかもしれないね。
まあ、前者の方はボクが上手くいかなかったように、イベントによる制限を受けてしまった可能性もありそうだけれど。
それでも誰も挑戦しようとはしなかったのはなぜなのか?NPCだからそういう行動ができなかった、と言ってしまえばそれまでなのだけれど、実はそれ以外にもちゃんと理由がありまして。
「それにしても、『転移門』が閉じられていると知った時には、さすがに肝が冷えましたわ」
「そうですね。実際に戦ってみたから分かることですが、あのドラゴンの助力をなしにわたしたちの力だけでは、魔物の群れに打ち勝つのは相当難しかったと思います」
以上のミルファとネイトの会話から理解できる通り、なんとドワーフの里に設置されていた『転移門』は、ジオグランド中央の命令によって閉じられていたのだ。
管理しているはずの『七神教』の人員も、建物を維持できるだけの最小限に抑えられているという徹底ぶりで、当然のように『転移門』を起動させられるような権限を持つ人はいなかった。
一応、『七神教』は国の枠を超えた組織のはずなのだけれど、その地の人員のほとんどはそれぞれの国の出身者であり国民となる。
不等に思えるような命令であっても、従わざるを得ない状況となっていたのかもしれないね。
はい!ここで新しい疑問が浮かんだ人も多いのではないかと思います。
「『転移門』が閉じられていたのに、どうしてクンビーラへと向かうことができたのか?」
ってね。
「あっはっは。役に立てたようで良かったよ。神々の采配に感謝だねえ」
カラカラと笑いながら、その背丈よりも長いのではないかという長杖でポンポンと肩を叩いているその姿は、まさしく女傑!といった様子だった。
そう。この人にこそ先ほどの疑問の答えがあったのだ。
「クシア高司祭様にも改めて感謝を。あなたの助力がなければ我々どころかこの街も無事ではいられなかったことでしょう」
そんな女性、クシア高司祭にベルドグさんが代表で頭を下げる。
これは防衛組織の人員を引きあげられていた上に、ほとんどの住民が採取ツアーに出てしまっていたため、街の守備を冒険者協会に依頼するという形になっていたからだ。
「礼は不要さ。降りかかってくる火の粉を払うために、自分にできることをやったまでのことだからねえ」
そう言うと再びカラカラと笑い始める。なんとも豪快かつ気持ちがいいお人だわ。
灰色の上下に濃紺の外套といういでたちで、一見どこの街にでも一人か二人はいそうな、質素ながらも品の良いおばあちゃん、と言った風貌なのにね。
まあ、狐のセリアンスロープであることを示すようにその頭からピョコンと飛び出した大きな耳と、背面にあるふっさふさなこれまた大きな尻尾はそうそう見られるものではないかもしれないけれど。
丁寧に手入れをされているのだろう、肩口あたりから緩く一まとめにされて背中へと流されている髪も含めて、金に近い黄色は、温かな光を降り注がせる太陽を連想させた。
おっと、彼女と『転移門』が起動したことの説明としないといけないね。
先ほどのやり取りで気が付いた人も多いだろう、女性は『七神教』の関係者、しかも各国の首都に置かれている大神殿の長を務めることができる『高司祭』という高位の位階についているお方だったのだ。
当然のように『転移門』についても起動や閉鎖だけでなく、設置や撤廃に至るまでの権限を持っていて、幸運にも彼女が居合わせたからこそ閉じられていた『転移門』を起動させて、ボクは無事にクンビーラへと向かうことができたのだった。
「残念ながら無駄足にしかなりませんでしたけどね」
苦笑を浮かべながら彼らの会話に割って入る。
クンビーラにいた冒険者たちは、誰一人としてドワーフの里へと転移してくることができなかったので。デュランさんならば可能だったけれど、あの人には支部長という役職があるため、安易にクンビーラから離れることができなかった。
という訳で、結果だけを見れば一人の応援も確保することができなかった、ということになるのだ。
え?ドラゴン?
あれはクンビーラの隣でゴロゴロしている食っちゃ寝ブラックドラゴンとは何の関係もない、見ず知らずの誰かですから。
「無駄足だろうが何だろうが、行動したことに意味があるんだよ。現にほら、お前さんが駆け込んできたからこそ、あの『転移門』はまた動くようになったんだ。それは十分に大きな一歩だと私は思うけれどねえ」
「高司祭様の言う通りだぜ。これでこの街の現状を伝える術ができたってもんだ」
クシア高司祭に続いてベルドグさんまでもフォローの言葉を投げかけてくれる。
あれあれ?そんなに落ち込んでいるように見えたのかな?
ボクとしては結果良ければすべて良しなので、途中ドラゴンさんの咆哮で色々と大変なことにはなりかけたものの、魔物の群れを無事に倒すことができたから大満足のつもりだったのだけれど。
「役に立てているなら、無茶をした甲斐もあったかな。あ、クシア高司祭様。ボクからもお礼を言わせてください。無理を通してくれてありがとうございました」
「だから私は私ができることをやったまでだよ。あんな面白い光景を見せてもらったんだ。礼としては十分だよ。……それに、孫弟子を見殺しにする訳にはいかなかったからねえ」
「え?」
それまで以上に穏やかで優しい目になった彼女が見つめる先にいたのは、うちの癒し担当――回復役ってことだね!――ことネイトだった。
「あ……、ご、ご存知だったのですか?」
「ご存知も何も、前にも一度会ったことがあるよ。まあ、あの時のお前さんはまだこんなに小さかったけれどねえ」
驚いたように問うネイトに対して、にこやかに笑いながら親指と人差し指の間に十センチほどの隙間を作るクシア高司祭。
……いやいや、いくら何でもそこまで小さいとかあり得ないから。
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