第10話 パンツ問答

 理解不能と言いたげな成瀬さんの反応を見て、私もさすがに察するところがあった。

 パンツで外に出るのは、抵抗があるのだろう。


「ごめん、成瀬さんはパンツが苦手みたいだね」


 私がそう言うと、成瀬さんの目が泳いでいた。

 返答に困っているようだ。

 

「苦手とかではないけど……そもそもどういう意味なのかなって……」


「意味?」


「その……パンツ姿って、パンツをはいた姿ってことだよね……?」


「まあそうだね」


「パンツって、下半身にはく、あのパンツのことだよね?」


「そのパンツだね」


 私は笑いを噛み殺しながら頷く。


 なぜ不安げな表情でパンツの確認を繰り返してくるのかよく分からないが、きっと彼女にとって重要なことなのだろう。


 それを笑ったりするのは、成瀬さんに失礼だ。


「どうする? パンツが苦手ってわけじゃないんだったら、一回試してみる?」


「えっと、たしかに苦手ではないんだけど……」


 言葉を濁す成瀬さんだったが、やがて意を決したように顔を上げた。


「正直に言うとね、パンツで外に出歩くっていうのがわたしには信じられないの」


「信じられない……?」

 

「うん。もしかして、都会で流行ってるファッションだったりする……?」


「……」 


 どうだろう。

 即座に答えを出せなかった私は、首をひねって考える。


 そもそもパンツスタイルに都会とか田舎とか関係あるか……?


 でもそういえば、田舎のおばあちゃんがこっちに遊びに来てくれた時、ジーンズをはいてる女の人を見て、けしからんと怒ってたっけ。


 あんなにお尻の形が丸わかりだと、ほとんど裸と変わらないとかなんとか……。


 おばあちゃん自身、野良着みたいなものを着ることはあっても、ああいう身体にピッタリとした服を着たことはなかったそうだ。

 男ならともかく、女が着ていい服ではないとも言っていた。


 そして文句を言い続けるおばあちゃんに、お父さんは「それは田舎特有の古臭い価値観だよ。今はもうそういう時代じゃないんだから」とか言ってたしなめてたっけ。


 ……もしかして成瀬さんが住んでいた田舎も、うちのおばあちゃんが住んでいた限界集落のような場所と大差なかったりするのだろうか?

 そして成瀬さん自身も、女はスカートじゃないとダメという田舎特有の古びた価値観にどっぷりと染まっていたりするのだろうか?


 ……やはり笑ったりせず、きちんと説明してあげたほうが良さそうだ。


 私は不安そうにこちらを見てくる成瀬さんに目を向ける。


「成瀬さんは驚くかもしれないけどね」


「う、うん……」

 

「都会だと、みんなパンツで出歩いてるよ」


「みんなパンツで出歩いてるの!?」


「驚く気持ちは分かるよ。うちのおばあちゃんも結構な田舎に住んでたんだけど、こっちに遊びに来てくれたとき、パンツ姿の女の人を見て今の成瀬さんみたいに驚愕してたから」


「や、やっぱりそうなんだ。それはよかったけど、でもなんか怖い……都会の文化が怖い……」


「最初は思う所があるかもしれないけど、成瀬さんもすぐ慣れるって」


「慣れる気がしないし、そもそも慣れたくもないんだけど……」


「うちのおばあちゃんも似たようなこと言ってた。でも、私とお父さんがきちんと説明してあげたら『今はそういう時代なんだねぇ』って納得してくれたよ」


「そ、それはただ諦めただけじゃない? 本当に納得できたとは、ちょっと思えないんだけど……」


「ううん、納得してくれたから」


「…………」


 なんでそんなに自信があるのか視線で問いかけてくる成瀬さんに、私は堂々と頷いた。


「だって最終的にはおばあちゃんも、私とお揃いのパンツスタイルで出かけてくれたし」


「ふたりで一緒にパンツスタイル!?」

 

「動きやすくて快適だし、こういうのも悪くないねって笑ってた」


「おばあちゃんの順応性が高い! たしかに動きやすいだろうけど……いや、っていうか……」


 成瀬さんはごくりと唾をのんでから、慎重に尋ねてきた。


「も、萌花ちゃんもパンツ姿でお外に出たってこと……?」


「もちろん」


「もちろん!?」


 なぜか驚かせてしまったらしい。

 彼女はイヤイヤするように首をふっている。


「それはダメだよ! ぜったいダメ!」


「ダメって言われても。べつに裸で出歩いたわけじゃないし」


「それはそうだけど……え、ちなみに上は? ブラはつけてたんだよね……?」


「そりゃつけてるでしょ……」


 これじゃ露出狂扱いだ。

 というか彼女にしてみればパンツ姿でうろつくイコール露出狂なのだろう。


 単なるファッションだときちんと分かってもらわないと、これからの彼女の人生がいくらなんでも心配すぎる。


「季節にもよるけど、たいていは上になにか羽織ってるかな? 今の時期なら白のパンツに合うような、シンプルな柄のブラウスとかを適当にって感じ」


「白のパンツ!? 萌花ちゃん、白のパンツでお外に出たの!?」 


「うん……そんなに似合いそうにない?」


 尋ねると、彼女はぽかんと口をあけた。


「に、似合うとは思う。白のパンツで、上はブラウスなんでしょ? むしろ神々しいと思う」


 神々しい……?

 よく分からないが、褒め言葉のようだ。


 というか、意外と興味がありそう……?


「無理にとは言わないけど一回くらい試してみる?」


「た、試すって言われても……」


「うちのおばあちゃんもかなり気に入ってくれたみたいで、今では田舎でもパンツで過ごしてるみたいだよ。成瀬さんも少しずつでいいから、パンツ姿に慣らしていかない?」


「な、慣らす意味ってあるのかな……?」


「あるよ、本当に楽だから。ほら、スカートって意外と気を遣うでしょ? 風が強い日なんて、スカートがめくれあがりそうで不安になったりとか。でもパンツだったらそういう心配がないから」


「そりゃないだろうけども! そんなノーガード戦法、わたしイヤだよ!」


「おばあちゃんなんて最終的に、スカートをはいてるほうが恥ずかしく感じるとか言ってたからね」


「一周まわってってこと……!? あんなに身近に感じてた萌花ちゃんのおばあちゃんが、今ではすごく遠くの人に思える……!」


「もちろん無理にとは言わないけどさ、成瀬さんにもパンツで街を歩く快適さを知って欲しいな」


「……う……ううう? ……いや、でもそれって快適さなのかなあ……?」


「まったく興味ない感じ?」


「……あ……あるわけないよぅ……」


 顔を赤らめ否定してはいるが、反応自体は悪くない。

 というか明らかに興味がありそうだ。


 やはり、うちのおばあちゃんの話を伝えたのが大きかったのだろう。

 

 そして興味があっても、最初の一歩がなかなか踏み出せない成瀬さんの気持ちもよく分かる。

 ここはパンツ姿で街ブラする先輩として、成瀬さんの背中を押してあげよう。


「試着だけでもしてみない?」


「……し、試着……?」


「うん。試着室で試させてもらおうよ」

 

「試す……? 試着室で……?」


 成瀬さんは動揺のあまり理解力が一時的に落ちてしまったのか、私の言葉の意味が分からないようだ。

 それでも時間をゆっくりかけて、なんとか咀嚼そしゃくしてくれたらしい。


「えっと……試着室で、萌花ちゃんにだけパンツ姿を見せるってこと……?」


「そうそう。別に街中で披露するわけじゃないし、それならいいでしょ?」


「よくはないけど……。えっと、逆に聞きたいんだけど、萌花ちゃんは見たいの……? 私のパンツ姿……」


「見たい」


「即答だぁ……」


 目に力を込めて伝えると、彼女はへにょりと身体を折り曲げた。

 照れているらしい。


 こういうときに言葉を濁すと成瀬さんも困るだろうと思い素早く返答したのだが、どうやら好判断だったようだ。


 彼女の意思が、試着するという方向に固まりつつあるのが分かった。


 顔を真っ赤にした成瀬さんは、目を伏せたまま、か細い声でつぶやく。


「わ……わかった……萌花ちゃんにだけなら……見せてもいいよ……」

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