第二四話 終戦の詔

1942年7月11日4時40分。


 遂に始まった帝都攻防戦、天下分け目のこの戦いは、朝日が昇ると同時に始まり、12時を過ぎる頃には、決着がついた。

 大日本軍は最初の数時間こそ全力で抵抗し、荒川、明治神宮、赤坂御用所周辺で激戦が続いたが、そこが突破されると、ほとんど抵抗をしなくなった。

 日本国軍は戸惑った物の、進軍してすぐに気づく。


 明治神宮、赤坂御用所を抜けた先で、防衛陣地を作れるような巨大な建物は靖国神社しか、荒川を抜けた先にあるのは皇居しかない。

 そう、大日本軍にとって、明治神宮、赤坂御用所、荒川は、防衛陣地にできる最後の土地だったのだ。


 日本国軍はそのことに気づくと戦闘態勢を解き、隊列を整えた。侵攻ではなく、行進の隊列を。


 日章旗を掲げ指揮官の号令で、一糸乱れぬ動きで帝都内を行進していく。日本国軍の行進が靖国神社の前まで到着すると、同じく日章旗を掲げる大日本帝国軍の兵士が、整列してまつ。


 靖国神社の鳥居前で向き合う二つの軍、最初に動いたのは大日本軍の方であった。


「各員、捧げー! 筒!」


 大日本軍の隊長がそう号令を出すと、一同一斉に小銃を胸前で立たせ、引き金をこちらに見せる。敵意が無く歓迎することを示す、軍人最大の敬意示す敬礼だ。


「直れ! 左向けー! 左!」


 再び号令。ざっざっと姿勢を直し、隊列を組む兵たちは、靖国神社の方へと向き直る。その動きを見て、日本国軍の隊長も、同じ号令を下す。


「各員、右向けー! 右!」


 思想を違えた二つの軍が、同じ方向を見つめる。これまでの戦争で亡くなった、日本の英霊たちが眠る靖国神社の方を、今は同じ感情で見つめる。


「「各員、英霊に向けてー! 敬礼!」」


 『皆さまが守ったこの国で内戦を起こしてしまい、誠に申し訳ありません』

 誰も口を開くことは無いが、双方の兵たちは皆、そう同じことを思っていた。

 

 長い敬礼を終え、再び互いに向き合う。今度は日本国軍が号令を出した。


「各員、進め!」


 歩調を合わせ、大日本軍が列を作る方へと、一歩一歩進んでいく。すると何を言う訳でもなく、大日本の兵たちは左右に分かれ道を開ける。

 日本国軍は大日本軍に見送られながら、皇居へ向けて足を進めた。


 この様子を、後ろから随伴していたアメリカ軍たちは不思議そうな顔で見ていた。どうして敵同士なのに交戦しないんだ? そもそも、日本人たちは何をしているんだ? この建物にはどんな意味があるんだ?

 多くの疑問を抱いたまま、アメリカ軍たちは日本国軍に続いた。


 全てが終わった後アメリカ軍人の中で日本観光をする者が多く、その中でも大半の者が最初の観光地に靖国神社を選ぶのは、恐らくこの出来事があったからだろうと様々な人が言うようになる。



 14時10分。


 靖国神社を経由した者達が皇居に付く頃、荒川を越えた部隊は、既に皇居の入口に整列して待機していた。その中には、旭日会の指導者を務める山本海軍大将、陸軍代表の栗林中将、今村中将もいた。


「全軍集まりました」


 遅れて来た部隊の隊長が、三人の将にそう告げると、栗林中将は頷き、全体に号令をかける。


「これより、1個師団は皇居に入り、天皇陛下に謁見する! 口を慎み、堂々と行進せよ! 残る師団は、この門前にて待機、非常時に備えよ!」

「「「「応!」」」」


 その返答を聞くと、三人の将は馬へ跨り、坂下門を潜る。その後ろから揃った足音が響き、小銃を肩に添えながら、兵隊たちは行進する。

 勝利を飾った英雄たちのように、坂下門を凱旋門に見立て堂々と兵隊は行進する。


 門を潜った先には、『九九式短小銃』を携えた第一近衛師団が待ち構えていたが、敵対することはなく、そのまま三人の将軍を誘導していった。



 数時間後、日本国首相である片山は、帝都東京を奪還し、天皇陛下も無事であることを世界に向けて発表した。

 その報告は、もちろん大日本首脳部の東条達の元にも届いたが降伏することは無く、残党兵は東北、主に仙台から青森の辺りに潜伏し、ゲリラ的に抗戦を続けた。


 しかし、1942年8月6日、天皇陛下が自らラジオ放送にて、残党兵たちに投稿を呼びかける放送、『終戦の詔』を告げると、すぐに東北のゲリラも沈静化。翌日には大政翼賛会の重要役職や、大日本側についていた将クラスの者たちが自決。

 残っていた者たちが講和に応じ、8月15日より、内戦終結のための講和会議が開かれたのだった。


      ♢  ♢  ♢  終戦の詔(一部抜粋) ♢  ♢  ♢


………朕は民衆による民主的な政治を望み、平和主義を掲げる国家となることを願う。朕は皆々と同じ人間であり、一民族の象徴に過ぎない。そのため、朕は世界を統べるような世界皇帝たる器の者ではないのである。

 朕を敬うてくれることは至上の喜びであるが、朕のためを思うのならば、世界と共に歩み、けして奢ることのない厳かな民であってほしい。

 これまでの戦乱、耐えがたき辛さに耐えてくれた、忍び難い悲しさを忍んでくれた国民に感謝と深謝を申し上げる。朕の力不足で皆を苦しめてしまったのは、これまで平和な世を築き上げてきた代々の天皇に対して顔向けできぬ恥辱である。ので朕は、これからの行動で、罪を償おうと思う。 

 朕はこれまでもこれからも皆と共にあり、けして民をないがしろにするようなことは無いと誓う。

 これから永遠に続く未来の為に、朕は平和な世を切り開こうと思う。国民の皆には、それにふさわしい行動を、朕は深く求める……

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