第10話 逃げられるお姉ちゃん
ついにクリスマスパーティーの当日がやって来た。空は曇っていて、肌寒い。夜になると雪が降るらしかった。まだ五時だというのに、街ではカップルらしき人たちがクリスマスの浮かれた空気を楽しんでいる。
少しだけ羨ましいなと思う。でも恋人なんていらない。私は「お姉ちゃん」と慕ってくれる妹さえいれば、他には何もいらないのだ。ひまりは来年の九月、カナダにプログラミングの留学に行ってしまう。だからせめてそれまでには「お姉ちゃん」と呼んでもらいたい。
私は早足で家に向かった。もう家に帰っているらしいお母さんがいうには、今日は宮下さんも午後六時くらいには帰って来るみたいだ。私も早く帰ってクリスマスパーティーの準備をしないと。幸いにも最近のひまりは自分の部屋にこもりっきりでプログラミングをしているから、リビングで飾りつけをしてもバレる心配はない。
玄関に入って、手を洗ってすぐにリビングの飾りつけに取り掛かる。
クリスマスツリーを置いたり、壁にワイヤーを伝わせてそこからガーランドを吊り下げたり、扉にリースをかけてみたり。
キッチンではお母さんがたくさんの料理を同時並行で作っていた。流石お母さん。すごい手際で料理を作り上げていく。
私もしばらくして、何とか飾りつけを終えた。手が空いたから、出来上がった料理をテーブルに並べるのを手伝う。午後六時のギリギリ手前で、私たちは何とかクリスマスパーティーの準備を整えた。ケーキは冷蔵庫の中だ。
私は自分の部屋にひまりへのクリスマスプレゼントを取りに行く。そしてひまりに告げる。
「ひまり。もうすぐご飯だよ。六時までには出てきて」
すると扉越しに返事が返ってくる。
「分かりました。もうすぐ終わります」
私はノートパソコンの入った箱を抱えて、リビングに向かう。するとしばらくして宮下さんが帰ってきた。リビングに入った宮下さんはとても驚いた表情をしていた。
でもお母さんが抱きつくと、すぐに幸せそうな顔になってお母さんを抱きしめ返していた。
「ありがとう。佐藤」
「驚いてくれた?」
「うん。すごく驚いたよ。嬉しい」
そのとき、ひまりがリビングの扉を開いて現れた。
「待たせてごめ……」
だけどリビングがクリスマス一色になっていることをみると、表情を歪ませた。そして、抱きしめ合うお母さんと宮下さんを鬼のような形相で睨みつけていた。
「ちょっと、何なのこれ!?」
その怒鳴り声に、お母さんと宮下さんは慌てて距離を取る。
「なにって、今日はクリスマスだから……」
お母さんが告げると、ひまりはリビングの扉を乱暴に閉めて、部屋に戻ってしまった。
リビングには冷たい空気が充満していた。嫌な汗が額に浮き出てくる。私はひまりを連れ戻すため、プレゼントを抱えたまま、ひまりの部屋に向かった。
ひまりが怒った理由はまったく分からない。でもこのままだと仲良くなるどころか、もっと溝が深まってしまう。このプレゼントを渡すことでひまりをなだめたい。そして怒った理由を聞きだしたい。
そしてお姉ちゃんとしてひまりと向き合いたいのだ。友達としてではなく、お姉ちゃんだとひまりには思ってもらいたいのだ。私はその一心でひまりの部屋の扉をノックした。
ひまりは怒った顔で、扉を開ける。
「どうして怒ってるの……?」
「凛さんには関係ないです」
「関係あるよ。だって……、友達だから」
「友達なら距離を置くべきタイミングがあるってことも分かるはずです」
「……うっ」
正論だ。友達はあくまで他人。私が紗月にしたみたいに、デリケートな問題には首を突っ込ませない。今、ひまりが私に願っているのはそういうことなんだろう。
でも私は、ひまりのお姉ちゃんになりたいのだ。壁を作られたからって立ち止まっていれば、いつまで経っても距離は縮まらない。そんなのは、絶対に嫌なのだ。
その言葉を発するのは怖い。でも今じゃなくていつ告げるというのか。今日はクリスマスだ。クリスマスでなければならないのだ。だって、今日ほど人が人に優しくなれる日はないと思うから。
私は覚悟を決めて告げた。
「私、ひまりと姉妹になりたいよ」
「……約束、忘れたんですか?」
ひまりは私を睨みつけていた。思わず、ひるんでしまいそうになる。でもここで止まればこれまでの私と同じだ。進まなければ、いつまで友達のままなのだ。
「覚えてる。でも嫌なんだよ。ずっとずっとひまりと他人だなんて。私、辛いよ。本当に、つらいの。ずっと妹が欲しくて、夢にみるほど妹が欲しくて。ひまりは私の理想の妹そのままだったのに、でもひまりは私のこと、遠ざけようとして……」
ひまりは私の情けない言葉を聞いてどう思ったのか、申し訳なさそうに肩を落としていた。なにかを言いたそうにしているけれど、ひまりも葛藤しているのか、なかなかその言葉を聞かせてくれない。
私はひまりに気持ちを示したくて、プレゼントを渡した。
「これ、私からのプレゼント。最新のハイスぺノートパソコンだよ」
「……なんで」
ひまりは困惑した顔をしていた。
「値段とかは、お姉ちゃんだから気にしなくていいよ。ひまりが笑顔になってくれるのなら……」
「……いらない」
「えっ?」
ひまりは私を睨みつけていた。
「こんなの要らないよ! 私が古いパソコンを使ってるのは、お金がないからじゃない。お父さんがくれたものだから。お父さんとの思い出のパソコンだからだよ! 凜は私のお姉ちゃんなんかじゃない! 私のこと、何もわかってない癖に!」
ひまりは私を押しのけて、部屋から飛び出していった。
「こんなの、私の家じゃないよ! お母さんの馬鹿! 佐藤さんの馬鹿!」
かと思えば、玄関の扉が開く音がした。私は慌てて玄関へと向かう。
ひまりの姿はもうなかった。
私は絶望的な気分で膝をついた。ひまりはたくさん人気のアプリを作っていた。お金だってたくさん稼いでいるはずだ。なのに商売道具であるパソコンを買い替えない理由。そんなの、少し考えれば予想はつくはずだったのに。
なのに、私は安直な考えで、ひまりから大切なものを奪い去ろうとした。
嫌われて当然だ。逃げられて当然だ。きっとクリスマスパーティーにも、ひまりは思うところがあったのだろう。私は、間違えてしまったのだ。
いったいどうすれば。
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