第7話 欲に底がないお姉ちゃん
お風呂を上がったあと、ピクサーの映画を私の部屋で、ひまりと二人でみた。『誰からも忘れ去られた時に、人は本当に死んでしまう』。その映画がそういうお話だということは知っていたから、正直、ひまりが見るには相応しくないのではないかと思っていた。
でもひまりは凄く冷静に物語構造の分析をしていた。それはもうとても楽しそうに。プログラミングをしているときの無表情とは正反対にみえた。きっとひまりはお話を作るのも分析するのも心から大好きなのだろう。
私は笑顔を浮かべる。
「面白かったね。ひまり」
「そうですね。やっぱり完成度が高かったです。私の話はまだまだ未熟だって思い知らされました」
アワードを受賞するようなアプリを作ったというのに、ここまで謙虚だとは。私ならおごり高ぶって、自画自賛しまくってるはずなのに。自己研鑽を怠らない。そういう意味でもひまりは創作者に向いているのだろう。
時計は十時を回っていた。だけどまだ眠るには中途半端な時間だ。でもまた一本映画をみるのには遅すぎる。どうしようかと迷っていると、ひまりはこんなことを口にした。
「凜さんってゲームが好きなんですよね?」
「うん」
「だったら何かゲームでもしませんか? スマホで遊べるやつで。私のノートパソコンはだいぶ古いから、最新のゲームとかは遊べないんです」
私が驚いていると、ひまりは照れくさそうに告げた。
「私、家族や姉妹としては仲良くなりたいなんて思ってません。でも友達としては、凜さんと仲良くなりたいって思ってます。夢の中ではあんなに仲良くしてたのに、現実では仲が悪いなんて寂しいので」
姉妹になれないのは悲しい。でも友達になりたいと思ってくれているのなら、拒む理由なんてない。
「そっか。いいよ」
私はスマホを手に取った。なにを遊ぶか二人で話し合った結果、協力系のゲームをすることにした。些細なことでバランスを崩して地べたに這いつくばってしまう。そんなふにゃふにゃ人間を操ってステージを攻略していくゲームだ。
ゲームを始めるとふにゃふにゃ人間が空から二人落ちてくる。さっそく地面に激突して、べたんとスライムみたいに潰れていた。でもしばらく経つと起き上がって、不安定な重心で歩き始める。
ギミックを利用して、二人で協力してステージを進めていく。
その間中、ひまりはとてもニコニコしていた。見たことがないくらい、笑っている。確かにふにゃふにゃ人間の挙動、面白いもんね。そんなことを思っているとひまりは口を開いた。
「私、誰かと遊ぶってことほとんどなかったんです。でも楽しいですね。二人で遊ぶと」
私は目を見開いて、ひまりをみつめる。喜びを隠しきれなくて、にやにやしてしまう。
「あ、ちょっと。凛さん! 何やってるんですか」
ひまりをみつめているうちに、スマホの画面のふにゃふにゃ人間は大変なことになっていた。動く壁に挟まれてとんでもなく荒ぶっている。ひまりはそれをみて大爆笑していた。
「あはは。すごい動きしてますね」
ひまりはやっぱり可愛い。その可愛さを見るたびに、お姉ちゃんって呼んでもらいたいって思ってしまうのだ。でもそれは叶わない願いなのだろう。
「凛さん。どうしたんですか?」
気付けばひまりが心配そうに私をみつめている。私は作り笑いで誤魔化して「なんでもないよ」と告げた。するとひまりはまたスマホの画面に目を向けて、ニコニコしている。
私は誰にも聞こえないような小声で、つぶやいた。
「姉妹になりたいなぁ」
気付けばあっという間に時間が過ぎていて、時計は夜中の十二時を指していた。ひまりは「おやすみなさい」と笑ってから、私の部屋を出ていく。たった一人、自室に残った私は寂しさに苛まれていた。
夢の中の理想の妹。その本人がすぐそばにいて。
でも私のことをお姉ちゃんとは思ってくれていなくて。
だけどそれでも、私と一緒に映画をみたり、遊んだりしてくれる。
それで満足するべきだと分かっているのに、人の欲というのは底を知らなくて、もっと仲良くなりたいと思ってしまうのだ。
「どうすれば姉妹になれるのかな」
私は一人きりの部屋でぼそりとぼやいた。
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