第46話 やまない雨より傘をくれ
修一は話し始めたと思ったら、勝手に一人で熱くなって、一人で分からなくなりやがって……。
途中までこの苦しさを和らげてくれるかもしれないと期待している自分がいたことも相まって悔しさを覚えて……。
もう頭にどんどん浮かび上がってくる複雑に絡み合って答えの出ないストレス。もうそういうのを全部投げ捨てたい。何も考えず自分の幸せだけを考えて生きていきたい。それならもっと楽に生きていける気がして……。
でも、色んなものが引っかかって気にしてしまう。
そんな俺を何とかしてくれるんじゃないかと期待してしまった。でも、修一も俺と同じで分かっていない様子で……。
「そ、そうだよ。分かってるよ。そんな気分になれるわけないだろ。今、この辛さを耐えることで必死なんだよ」
自分でもよく分からない反抗をしていた。結局、幸せになりたいのにどうして俺は反抗してるんだろう……。自分の心境が分からなくなりかけている。
その時、静観を貫いていた八木が口を開いた。
「でもな、その辛さはいつか慣れるわけもないぞ。それに、辛さに耐えていてもいつかいいことは起こらない。ずっとその辛さが続くだけだぞ」
ぽつりと言った一言。でも、今の俺にはこれ以上なく刺さる。
「んなもん分かってるよ! でもどうすればいいか分からないから困ってるんだよ!」
痛い所をつかれ、思わず怒鳴っていた。
それとは全く逆の態度の八木。そんな怒鳴って逃げようとしている俺をじっと見て、落ち着いた様子で八木は言った。
「こんなこと言っていいか分からないけどさ……。多分、お前らはこの世界と自分に期待してるんだよ」
「…………はっ?」
全く予想もしてない場所からの言葉で思わず聞き返していた。
「……多分な、お前たちはこの世界にあるもの全て過大評価しすぎてる。強弱は分からないけどな、お前たちはこの世界に幻想を抱いてる。多分お前らが思ってる、十分の一もこの世界は未熟なんだよ。歪で、張りぼてで、不幸な奴が出てきて当たり前なんだよ。お前は実感してないと思うけどな。くそみたいなところが一杯あるんだよ。この世界。探せばいくらでもある。お前たちはこの世界に向き合って、そんな面に向き合ってちゃんと幻滅するべきだと思うんだよ。そして、その中にお前たち自身もだ。知識として頭に入れとかないといけない。そして、諦めるっていう覚悟を決めないといけないと思うんだ」
八木さんは真面目な顔をして俺たち二人へ交互に視線を送りながら話していたが、じっと俺の方を見つめて、
「前に完璧を目指しすぎてるって言ったよな。すまん。かける言葉を間違えた。お前は夢を見すぎだ。自分に求めるものを高くしすぎだ。そんなもんじゃないんだよ。この世界もお前自身も。嘘で固めて何もない? その嘘を作るのだって全員が出来るわけがないんだよ。真似をするのだって簡単に出来ない。その時点だけでお前はすごいんだよ」
また八木は二人へ交互に視線を送り始めて、
「そのお前たちの行動が偶々この世界に適してなかったんだよ。お前たちの感じ方がこの世界に適してなかったんだよ。仕方がない。ざるだらけだからな。お前たちは自分だけを責めるだろ。違うんだよ。お前らとそれを纏う世界だって悪いところがあるんだ。俺は思うんだよ。ただ、お前たちは運がなかった。それだけだよ」
そう熱く語った八木。
「なんだよ急に意味が分かんねぇよ」
実感も湧かない話を急にしてきて、
「すまないな。上手く説明できてなくて」
そう素直に謝る八木。そうじゃないんだよ。俺が求めてるのは。
「何がしたいか分からないんだよ。どうして幻滅しなきゃいけないんだよ。ただでさえ辛いのに」
八木は少しの間、地面を見つめて考えて、
「修一が余計に幸せを探そうって言った時、お前たちが幸せを見つけられないって言っただろ。その通りだと思ったんだよ。そのまま幸せを探しても、幻想を抱いたまま幸せを探しても、余計に自分と距離があって苦しさを感じるだけだろうってな」
そうじゃないんだよと八木は言って。
「幻想の上に立ち方を決めると足元で救われる。ちゃんと現実に幻滅しろ、絶望するべきだと思うんだよ。その中で納得の出来る立ち方を見つけるってことかな。それが余計に幸せを探すっていうことだと思った」
「わけわかんねぇよ」
正しいような。空しいような。とにかく急に理解できるものでもなかった。ずっと自分を責めてたのに、急に環境を責めろって。それって責任転嫁して逃げてるだけじゃないのか。
ついさっきまで責任転嫁して逃げてたくせに何言ってるんだって話だ。
「すまん。熱くなってつい纏まらないまま話しちまった」
分かりやすくシュンとする八木。言い返してほしかったのに……。
「それに、これで幻滅しきったらどうなんだよ。もう、生きるのすら面倒くさいほど」
なぜか噛みついてしまう俺。すると、八木は首をかしげて、
「じゃあ、その世界から離れればいいじゃないか。幻滅しきったら離れれるだろ。こんな世界生きていきたくないって思えるんじゃないか。お前が見ている世界なんてたかが四十人近くで作られた狭い世界だ。世界はもっと広いだろうし」
この言葉をかけられた瞬間、さっきまでの八木の言いたかったことが何だか腑に落ちた気がした。それを言葉に表すことはできないが。
「そんな簡単に幻滅できるわけないだろ」
気づくとそう言っていた。
「でも、何も知らないまま幻想抱いて辛いだけだと思うんだよ」
なんだか、グラつきかけて……。修一にかけられた言葉、八木にかけられた言葉、もとからあった俺の後悔、これらがちょっとずつ俺の気分を変えてきた。
「……で…でも、次の世界でも俺なんかが幸せになれるわけ……」
言葉が急に弱弱しくなって、自信なさげに言った。
少しだけ前を向き始めている自分がいて。だから、八木には否定して欲しかった。それで進める一つの糧にできないかと……。
「確かにそうかもしれないな……」
八木はポツリと言った。
俺は落胆した。嘘でもいいから幸せになれると言って欲しかった。
「でも、仕方ないんですよね。生きていくんだから。折角なら幸せになろうとしないと……」
そう言ったのは修一だった。急にぽつりと言った。
修一の方を見ると、修一の瞳には薄っすらと希望の色が宿っていて、同時に顔には諦観の色が濃く表れていた。
それはそうだ。結局、どうせ生きるなら不幸よりは幸福の方が良いという消極的な理由だ。でも、本質な気がした。
その幸せになる方法も世界に幻滅するなんて他人に言えば引かれてしまうような話だ。
なに一つ解決してない。何も進展もない。ただ、罪悪感とか自責の念で動けなくなっていた俺に、少しだけ動く活力が生まれた。どういう理由で生まれたか分からないけど。
俺は深い息を吐いた。でも、それだけで今は充分か……と思い直したというか、思い込ませというか。思い込ませるほどは、自分の中に力が湧いていた。
「何も手にしてないのに、失っていくばかりだもんな」
そうポツリと呟いた。それも自分のせいだと分かっているのに。
俺の顔から八木は察したのだろう。
「ここじゃ何だし、車に乗るか?」
俺は俯いたまで少しだけ頷く。隣で修一が含みのある笑みを浮かべて、なんだか照れ臭くなって視線をもっと足元に向けた。
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