第44話 絶望感

「話を聞くよ」



 そう言って階段の段差に座った八木。途端にいろんなものが込み上がってきて嗚咽を抑えられなかった。



 一気にさっきまで溜め込んでいた物が溢れ出てきて……。



「も、もうい、嫌だ。も、もうぜ、全部が嫌だ」



 嫌な理由のほとんどが自分自身で……。



「そうか……辛かったんだな」



 そう優しい口調で答える八木。



 その言葉が俺には優しすぎる。俺は否定されるべきなのに……。



 それなのに……分かっているのに……縋ってしまう俺の口は勝手に動いて……。



「もう気にしたくもないのに……周りの目が気になって……しんどい……」



 どうして嘆いているんだよ……俺は……。



「それは変えるのはそんな簡単にはいかないよ。仕方ない」



 なのに、尚も優しい口調の八木の言葉で何かが壊れたように目から涙が留めなく流れる。



「違う……違う……」



 自分が悪いと分かってる……。それでも自分が辛いという我儘で被害者のようにふるまっている自分が許せなくて……。



 でも、それでも被害者ぶってしまう。



 必死に抵抗して頭を左右に振った。



「……俺……俺は……最低なんだよ……」



 ここで縋ったらもう人間として終わってしまう気がして……。



「そんなことない」



 そう力強く八木は言う。気を抜くと頼ってしまいそうで。



「…………今日……皆に誕生日を祝われてさ……」



「いいことじゃないか」



 もう自分への怒りで声が震えていた。



「こんな嘘だらけの俺を……。皆を騙してさ……。申し訳ない」



 もう八木が返答する数秒の時間すら待てずに俺は言葉を発した。



「……俺は最低だ……。桃谷を……」



 しかし、罪悪感と悔しさで具体的な所まで言えなかった。もう胸が痛くて……。



「修一からある程度は話を聞いたよ。俺も同じだよ。相手と対面するとさ頭が真っ白になるんだよな……。でさ、少し逃げ道が見つかれば行きたくなるよな……」



 八木の言葉は俺の今一番、心の痛む場所を柔らかく包み込むような。



「……駄目なんだよ」



 俺の声は弱弱しかった。仕方ないと言われてどこか安堵してしまっている自分と、それを許せない自分が混在している。



 そんな中、八木は優しく話しかけてくる。



「お前が良いなら機械に言わせて伝えることもできる。本当に無理ならそこまで自分追い込むくらいなら……」



 甘い言葉だった。思わずうなずいてしまいそうになって。



「……駄目だ!」



 俺は声を荒げた。もう気を抜けば頷いてしまいそうで……そんな自分を律しようと声を荒げた。



「俺が撒いた種で……俺が言わなきゃいけないんだ……」



 どんどん声がしりすぼみに小さくなった。



 くそ……。情けない……。もう消えてしまえばいいのに……。俺なんて。いなくなってほしい。



「お、俺が勝手に盛り上げてさ……自分の力誤魔化して得たんだよ。でも、でも一度うまい汁味わったせいで自分の実力で生きるのも出来ないで……お、俺なんて……」



 必死だった。何とか自分を精神的に叩きのめされたくて理由を作りたかった。



 このまま、優しい言葉をかけられ続けられると、もうだめになると思った。



 俺はそう思ったとき、八木の奥にいる修一に目を向けた。



「なぁ、修一……。お前の毛嫌いしてる嘘だらけの存在だぞ……。全部張りぼてだ……。嘘で表面だけガチガチに固めて中身は何もない。こんな俺なんてな……」



 ……もう死んだ方がいいって言ってくれた方がいっそ楽だった……。俺は縋るように言った。俺を容赦なく突き放してくれ……一人にしてくれ……。死ねと言い放ってくれ……。



 もう自分を傷つけることでしか自分を保つことが出来ない。傷口を自ら抉らないと頭が狂いそうで……。



「…………」



 修一はじっと俺を見たままで……。



 どうして何も言ってくれないんだよ……。



 俺はもうじれったくなって頭に浮かんだ言葉を次から次へと放って。



「俺は修一が羨ましかったんだよ……。修一は俺と正反対だ。ずっと自分の力を信じれなくて嘘に頼って……。それと違って修一は……ずっと本物だった。本当の自分の力で色んな人と話が出来て……友達を作って……」



 もう発声の仕方もぐちゃぐちゃだった。息の吸う所もてんでバラバラで……。



「…………」



「ハァ……なのに俺はずっとお前を下に見てた。自分の価値を上げようとして……何もないくせに……もう本当にどうしようもない奴だよ……本当にお前が羨ましいよ……」



 もう全て言い切る頃には息も絶え絶えだった。もう俺を批判してくれ……。そんな俺を見て修一は口を開いた。



「なんだよそれ」



 修一の言葉にはありありと怒気が見受けられた。それだ。その感情を全て俺に向けてくれ……。その権利が修一にはあるから。


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