第33話 八木の過去

  店に入ると、約束より早かったようで八木さんの約束の相手はまだ来ていなかった。



 僕達は席に案内される。子供用の椅子を持ってきた店員さんに断りを入れて、そのままメニューを頼む。すぐにコーヒーとオレンジジュースが届く。



 八木さんは少しずつ何度もコーヒーをすすり、どこか心もとなさげな表情で、足を頻繁に上下に揺らす。



 八木さんのその弱弱しい情けない姿はなんだか今の心境には少し堪えた。出来るだけ見ないように店の入り口辺りに目を遣った。



 すると、丁度そのタイミングで店に夫婦らしき二人組がやってきた。こちらを見て手を振る。これが八木さんの約束していた人か……。隣を見ると八木さんが笑い損ねた顔で手を振っていた。



 ログを見ると、男性の方の名前は時岡創、女性の方は時岡薫らしい。やはり夫婦だ。



「久しぶり~」「久しぶりだな」「あぁ、久しぶりだな」と挨拶を交わすと僕の方をちらっと見て、「結婚してたんだね~。式呼んでくれたらよかったのに~」と言った。



「あぁ……身内だけで済ましてたんだ。すまんな連絡が遅くなった」



「へぇ……かわいいね君。お名前は?」



 女性の方が声をかけてくる。



「あーすまん。照れ屋で人と話すことに慣れてないんだ」「へぇ、そうなんだ。一歳か二歳くらい?」「ああ……、二歳と一か月だ」「へぇ、その割にはおとなしいんだね……」とこういった感じから始まり軽く近況を報告し合った。



 ちらりと八木さんの方を見るとその太ももに置かれている手は忙しく動いている。背筋も張りすぎていて、目が弱弱しくあたりを泳いでいる。



 緊張しているのが丸わかりだ。なんだか、こっちも緊張してくるほどで。



 それは向こうも同じようでほとんど社交辞令から毛が生えた程度の会話を終えると、少し話してはすぐに会話が途切れを繰り返し、全体的に気まずい空気が流れ出した。



「けど、本当に良かったよ。ずっと心配してたんだよ」



 間を埋めるためか、創がそう言ってコーヒを啜る。



「あぁ……すまんな。おかげで何とか生きてるよ……」



 八木さんの笑顔が無理に作った感が強い。



 また、気まずい空気が流れ出す。店内流れるポップな音楽がなければ息をつくのすら意識してしまうほどだ。一つ隣の席とはまるで別空間化というほど空気が重くて。まだ数分程度しか経っていないのに、オレンジジュースはもう半分近くまで減っている。



「ねぇ、久しぶりですぐに会いたいって言ってたけどさ……何かあったの?」



 そんな時、薫が唐突に口火を切った。



 向こうも急に呼び出されて、なにかあることは気づいていたはず。それを自分から言ったほうがいいのか迷っていたのだろう。



 八木さんは顔つきを変えた。僕をちらりと見る。



 その時の八木さんの表情は、僕は全く関係ないのに、まるで自分のように緊張させて来た。



 八木さんは、ごくりと唾を飲み、拳を強く握り口を開く。



「……………」



 しかし、八木さんの口からは言葉が出てこない。何度も喉元まで込み上げてきているのは見て分かる。でも、全てそこで飲み込んでしまっている。



 もどかしい時間が過ぎる。そしてそんな空気感に堪えられなかったのか、



「……………。そ、そんな深い意味はないよ。不意に会いたいと思ったんだよ。この歳になって皆元気かなって思ってな……」



 八木さんの口から出てきた言葉は誰の目から見ても誤魔化そうとしているのが明らかなものだった。



 急に饒舌に話し出す八木さん。表情は必死に取り繕うとしていて……僕は、見てれなかった。



 でも、創と薫はわざわざ聞き出そうとしなかった。



 ただ、この話は踏み込まないでもいいという風に判断したのだろう。



 その後は最近の世界事情など他愛のない話をして八木さんの友人の創と薫とは別れた。

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