第20話 不安と緊張で
待ちに待っていたわけではないが、一昨日河野に誘われてから瞬く間にやってきた土曜日。
俺は七分の白シャツと黒スキニーに身を包み、胸元に小さいボディバッグをかけて、一人駅の改札で彼女を待っていた。
昨日、早川に待ち合わせ時間と場所を問われてから、河野にメッセージを送ると、お昼ごろにピコンという音と一緒に返信が来た。
『明日は最寄りの駅に、十一時集合で』
そんな短くぶっきらぼうなメッセージの後に、ペンギンが可愛らしくお辞儀をしているスタンプが送られてきた。
「駅に集合って……どこ行くんだ?」
集合時間の十五分前、俺は不安と緊張からか、心の内が漏れ出してしまう。
どこに行くか聞かされていない「お出かけ」は、何とも言えない怖さがある。
世の中の男子諸君は、行先を秘密にするようなサプライズとかはしない方が良いと、この時心底思った。
少なくとも、俺はそういうことはしないようにしようと固く心に決めた。
「――おまたせ」
集合時間である十一時の五分ほど前だろうか。
脳内が不安と緊張埋まっていた俺の耳に、ここ最近毎日のように聞くようになった女性の声が聞こえてくる。
「おう……………………っと、その恰好…………」
「ん? なにか変だった?」
雨が降って彼女の家に招かれた木曜日も彼女に見惚れたが、今日も目の前の彼女の姿につい言葉が詰まってしまう。
きれいめな白いロングスカートに、ベージュのパーカー。
肩からは小さめのバッグがぶら下がっている。
おしゃれ過ぎない、少し地味な配色。
それでも、いつもと変わらない眼鏡をかけた彼女には、よく似合っていると思った。
「いや、似合ってる」
「え」
「それより、今日は河野に全部任せちゃっていいのか?」
「あ………うん」
北条に色々言って慣れていたからか、俺はあたかも会話の流れに沿ったように彼女の服装を褒める。
そして、流れるように次の話題へと移っていく。
「今日、隣の隣の市まで行くから」
「お、おう」
それだけ俺に告げると、改札を抜けていく河野。
思ったよりも遠出するんだな、なんて思いながら、俺もスマホを改札にかざしてホームへと向かう。
俺たちがホームに降りると、ちょうど電車が到着したところであり、俺たちはそのまま電車に乗り込む。
車内はさほど混んでいるわけではなく、俺たちは隣り合って座席に腰を下ろす。
そして、間もなくして電車は動き出した。
「――今日、どこに行くか聞いてもいいか?」
電車に揺られながら、窓の外ばかり見ていた河野に俺は問いかける。
そんな俺の声にゆっくりと振り返る彼女。
隣り合っているからか、いつもより顔か近くて、俺は少しだけ顔をのけぞってしまう。
「先月できたショッピングモール……結構色々お店入ってるみたい」
「あー……なんか親がそんなこと話していた気がする……」
「そうなんだ」
「で、なんか欲しいものとかあるのか?」
「特にはないけど、気になったから」
「そっか」
表面上はいつも通りに見える会話をする俺たち。
しかし、どこか会話のテンポというか質というか、何とも言えないぎこちない雰囲気が二人の間に流れる。
それから約十五分、俺たちは二言三言、大したことない言葉を交わしては、沈黙が流れる。
そんなことを何回か繰り返していた。
「…………大きい」
「そりゃ新しくできたくらいだし……てか、かなり人で賑わってるな」
電車を降り、駅を出ると、そこには大きく真新しいショッピングモールが目の前に何とも分かりやすく現れた。
そして、ほんの数秒眺めているだけでも、人の出入りが激しいことが分かるくらいには多くの人で溢れていた。
「……とりあえず、行くか」
そう言って、二人して立ち止まっていた場所から歩き出す。
しかし、俺は一、二歩進んだところで歩みを止めて振り返る。
「どうした?」
未だに立ち止まっている河野に声をかける。
何か言おうとして、だけどそれをためらっている様子の彼女。
そんなループを二回ほど繰り返した後、彼女は自身の左手を俺の前に差し出してきた。
「――デート、なんでしょ」
俺は彼女の言動に驚き、彼女の表情を伺う。
俺と目が合うと、彼女は居心地が悪そうに視線を逸らす。
その頬は少し朱色に染まっている気がした。
「そうだな、何かあっても困るし」
人が多いからとか、ストーカーに危害を加えられないためとか。
そんな色々な建前をかざして、自分自身に言い聞かせて。
俺は、すっと彼女の手を取った。
「ま、まずは、昼飯か?」
「……お腹いっぱいな気もするけど、そうだね」
そんなぎこちない会話をしながら、俺たちはショッピングモールへと向かい歩き出す。
手汗大丈夫か、とか。
手を繋ぐの二回目だけど、緊張するとか。
そんなことばかりで、俺の脳内は埋め尽くされていて。
そんな俺たちの姿は、初々しい恋人同士そのものだっただろう。
***
ショッピングモールに入ると、時刻は既に十一時三十分を過ぎていた。
俺たちは店内のマップを見ると、真っ先にフードコートへと向かう
そんな素早い判断と行動が功を奏したのか、なんとか開いている席を見つけることができた。
「最初に来てよかったな……ちょっとでも遅れてたらどこにも座れなかっただろうし」
「そうだね……でも、あんまりお腹は空いてないかも」
ショッピングモールに入る前にも、彼女も同様の発言をしていた。
俺も正直緊張とかいろいろな感情で、既にお腹が膨れている感じがある。
「俺もだ……まぁでも、たこ焼きくらいなら食えるだろ?」
俺の問いかけに、彼女はこくんと頷く。
その反応を見て、俺は一人たこ焼き屋へと並ぶ。
俺たちと同じではないだろうが、まだお昼にしては早い時間ということもあってか、軽食気味のたこ焼き屋は少し長めの列ができていた。
五分ちょっと待ったところで、前の人数が五人くらいになった。
そこで、ようやく
『たこ焼き、普通のやつでいいか?』
俺一人で買う分なら、味とかトッピングは何でも良いだろう。
しかし、今日は一人で来ているわけではなく、彼女(偽)と来ているわけでして。
こうした気遣いは必要不可欠である。
俺の注文する番が次へと差し迫った時、スマホがブブッと震える。
画面には、河野から「みおがスタンプが送りました」と表示してあり、メッセージアプリを立ち上げる。
トーク画面には、俺のメッセージの下に『了解です』という吹き出しを加える猫のスタンプが送られてきていた。
本当にかわいいものが好きなんだな、なんて考えながら普通の八個入りのたこ焼きを二つ頼む。
そして、両手でたこ焼きを一つずつ持って席へと戻る。
「おまたせ……って、ありがとな」
俺が席に戻ると、机の上には水と使い捨てのおしぼりが用意してあった。
「買いに行ってもらってるから、これくらいしないと……それより、いくらだった?」
そう言って、河野は自分のバッグから財布を取り出す。
「あー……内緒だ」
「なにそれ」
「まぁ今日くらいは奢られておくのが良いんじゃないか?」
「いや、悪いよそれは」
俺の態度が気に入らないのか、河野の表情は徐々に不機嫌になっていく。
それでも、今日は彼女に譲りたくなかった。
「男のちょっとした憧れを叶えさせてくれよ」
「憧れ?」
「女の子にご飯奢るの……まぁたった五百円だけどな」
そう言って、俺が自嘲的な笑みを向けると、ようやく河野は財布をしまってくれた。
「高宮でも、そういうのあるんだ」
「俺を何だと思ってる」
「ふふっ、じゃあ次回は私が奢るから」
「おう…………ん?」
「ほら、熱いうちに早く食べよ」
「お、おう……」
会話の中で、どこか引っかかる発言をされた気がするが、彼女に流されてしまう。
俺は蒸し返してもまともに取り合ってくれないだろうと思いながら、彼女と一緒に手を合わせた。
「「いただきます」」
既に満たされていたお腹にたこ焼き八個はちょうど良い量だった。
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