真司とエキドナは魔法士ギルドへ(前編)

 魔法士、この世界で魔法を扱う者はそう呼ばれる。


 古より続く術法により大気中の魔素を扱う術式魔法

 精霊に力を借り自然を扱う精霊魔法

 そして、己が魔力を用いて理を超える独立魔法


 大きく分けてこの三種類のいずれか、もしくはいくつかを魔法士は扱える。


 ただし適性がある者は多くなく、魔族や獣人族でなければほんの一握りしか扱うことはできない。

 そんな狭き門である魔法士を真司は希望した。


 

「ええと、魔法士ギルドは西区の……」

「そこの角を曲がってまっすぐかなぁ」


 地図を見ながら真司とエキドナが魔法士ギルドの建物を目指す。

 朝一で統括ギルドへ向かう弥生と文香を見送った後、二人は結構な距離を歩いて向かっていた。


「なんかもうウェイランド横断旅行みたいになってるよ……広すぎるよねぇ」

「乗合馬車が多い訳だよ……バス感覚だよね」


 東門から入国したのでことさら遠い、エキドナの脳裏には歩いた正確な距離が出ているがすでに10キロメートルを超えている。

 帰りも同じ距離を歩くとなるともしかしたら日が暮れるのは想像に難くない。

 幸い飲食店や休憩できそうな出店が割と多いので助かってはいた。


「なんか真司……君、体力あるよね? 弥生の弟なのに」

「姉ちゃんみたいな虚弱体質と一緒にしないでよエキドナ姉、でも……言われてみれば疲れてないかな。結構歩いた気がするんだけど」

「この間の事故案件の時も結構動けてたよね」


 先日巻き込まれたとある珍事をエキドナは思い出す。

 エキドナがこの国で探索者としてやっていくのに必要な実力試験を受けに行ったのだが……筆舌にし難い経験をしてしまい、4人の間では『事故案件ふれてはいけない』扱いになっていた。


 真司などは最もかわいそうな被害者だったりするので、エキドナの事故案件発言に全身が総毛だつような悪寒が走る。


「思い出したくない……」

「そりゃそうだろうけど、そのおかげで魔法の才能があったってわかったんだから……そう思わないと僕もやってらんない。あの変態、次は処す……」


 ぎりり、と拳を握るエキドナの目が据わる……隣を歩く真司もだが何があったのかは別の機会に語られる……かもしれない。

 それはともかく、数時間歩いた努力は報われ。魔法士ギルドにたどり着いた二人。

 

 しかし、それらしき建物が見当たらない。

 買い物帰りの女性や軽鎧を着こんだ巡回の衛兵が行きかう側道には何の変哲もない民家が並ぶばかり。

 強いて言えばレンガ造りの建物が多く赤い壁が目立つことだろうか。


 数分二人で地図を確認し、一本道を間違えただろうかと引き返して隣の側道に入っても見たが見当たらない。


 地図に印をつけてくれたニーナに聞きたいところではあったが電話も無い状況のためそれもできない。

 仕方なく通りがかった衛兵に声をかける真司とエキドナ。


「すみません、道を訪ねたいんですけど」

「ああ良いよ、どこに行きたいんだい?」

「魔法士ギルドなんですけど……どこにもそれっぽい建物がなくて」

「魔法士ギルドに……もしかして初めてかな?」


 真司が衛兵の確認にうなづいて答えると衛兵が苦笑いを浮かべながら教えてくれた。


「魔法士ギルドは地下だ……案内無しじゃ見つけづらいよ。良いかい、この道をまっすぐ行くと左手に青い旗が出ている家がある。その家の隣に黒いドアがあって、そこから地下にいけるよ」

「地下だったんだ。それじゃわからないよね……ありがと衛兵さん、青い旗ならさっき見かけたからわかるよ」

「どういたしまして。じゃあ私は行くよ」


 手を振りながら巡回に戻る衛兵を見送って、エキドナと真司は青い旗の家を探す。

 肝心なことを教え忘れていたニーナだったが、わからなければ誰かに聞くだろうという思いもあった。


「そういえばさ、エキドナ姉。この国って治安良いよね」


 真司が衛兵に道を聞いたときしかり、ニーナの好意然り、宿に泊まった時、近くの酒場で喧嘩があった時も衛兵があっという間に仲裁してしまってたり。この路地にしても奇麗に掃除が行き届いていた。


「そうだねぇ、正直こんだけ大きい区域でスラムとか無いのはちょっと驚いたかな。貧富の差はあれど路上で暮らしてる人も殆どいないし……よっぽど良い王様が納めてると思うんだけど、名前聞いたことないなぁ」


 腕を頭の後ろで組んで、エキドナがのほほんと答える。

 子供三人とある程度暮らす上で治安は良いに越したことはない、実際この路地裏では行きかう人々に危険は感じられなかった。

 武器を持ってるのは衛兵と探索者、騎士等だがモチベーションが高いのか暴れたり悪さをするような手合いはいなさそうである。


「日本より治安よかったりして……冗談じゃなく」

「ありうるねぇ、僕の警戒が無駄になればなるほど良い事だと思おう。あ、この家だね旗があるのって」


 ほどなく衛兵が教えてくれた家に着いた二人は無事に黒いドアを発見。

 エキドナがノックしたものの返事はなかった。音の反響音から向こう側に誰も経っていないのを察して 真鍮製のドアノブをひねると……きしむ音と共にすんなりとドアが開く。


「ずいぶん暗いねぇ。真司、僕が前を歩くよ」

「ありがとう、結構深いね」

「貧困な発想だけどさぁ、こう大釜でぐつぐつと魔法薬とか作ってる気がしない?」

「あるある、みんな真っ黒なフード付きローブを着てて顔が見えないとか」


 カツン……カツン……


 規則正しい足音が階段を木霊する。

 不気味さを紛らわすため会話しつつもかすかな異臭が漂う密閉空間に次第に沈黙の時間が伸びていた。


 数分かかっただろうか、一向に終わりが見えない階段にどんどん不安感があおられる真司。

 頼みの綱のエキドナは黙々と降りていくので足を止めることはなかったが。


「お? 階段終わるよ真司」

「やっと? 今度来るときは灯りが必要だね……それに、このプールの匂いみたいなのもなんか嫌だし」

「塩素だね……消毒とかに使われるタイプだろうけど。それはギルドの人に聞こうか」


 エキドナは肩をすくめながら最後の階段を降りて扉らしき板を押す。


 がんっ!!


 何かが扉にぶつかって止まってしまった。

 向こう側に何かあったのだろうかとエキドナがセンサーで探知するが……板が特殊なのか向こう側に何かあるのは間違いないけど何かが断定できない。


「……悪いけど強めに押すよー」


 今度は両手で扉を押す。さすがにエキドナの腕力の方が上なのかずりずりと何かを押しつつも人一人通れるくらいには開いた。

 ひょいっと首を隙間から差し込んで中を見ると、またもやほの暗い空間が広がっている。


「一体何が起きてるのやら……」

「暗すぎて全然わかんない。エキドナ姉、頼りにしてるよ」

「ライトの一つくらい持ってくればよかったねぇ……探知もしづらいんだよ」

「とにかく行こうか」


 ――誰だい?


 その声はまさに部屋に立ち入ろうとした二人の真上から聞こえたのだった。

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