ちゃんと試験会場を確認しましょう。

「本当にもう駄目だと思ってました! ありがとうございますニーナさん」

 

 そう、書記官の試験日前日に受けようと弥生達が盛り上がっていた。

 しかし、その後よくよく真司が張り紙を確認したら募集締め切り日を過ぎていて……全員でたれぱんだよろしく垂れていたのを救ったのがニーナだ。

 丁寧に頭を下げる弥生に微笑むニーナ。

 

「どういたしまして。ここは鍛冶国家ウェイランドですから学ぶ姿勢のある者なら誰でも大歓迎ですから……頑張ってくださいね? 受けることはできても合格できるかどうかは弥生さん次第です! 応援していますから!!」

「がんばれおねーちゃん!!」

「公平公正がギルドの掟だとか探索者ギルドで僕、聞いた事あるんだけど」

「公平公正ですよ。昨日入国したばかりで募集の事を知らなかっただけです。むしろ準備期間も無く受験しようという心意気やよし。上からも許可はとりました」

「大したもんだねぇ、嫌いじゃないよそういうの」

「とは言え……焚きつけといて今更なのですが、大丈夫なんですか?」


 昨日は勢いでここまで段取りしたものの心配になるニーナ。

 冷静に考えれば結構な狭き門である書記官の試験、その仕事は多岐に渡り各ギルドとの折衝や国家予算で行われる建築関連の管理、特に鍛冶ギルドや建築ギルドとは専門的な話をするのでかなりの知識量が求められ……主に商人や各ギルドで経験を積んだ者がキャリアアップのために挑戦するのが常だった。


 いくら心意気が~と言っても、現実問題として平凡な女の子にしか見えない弥生が受けるのはかなり無茶だったのではと今更ながらに不安になる。

 聞かれたエキドナも真司の言う事をに受けるのなら大丈夫だと思うのだが、実際にその場面を見たわけではないので何とも言えない。


「姉ちゃん、今回はシリアスだから本気とかいらないからね?」


 そんな二人の心配をよそに、弟である真司だけは弥生に釘を刺していた。

 

「本気出しても受かれるかどうか……あんまり期待しないでよね」

「大丈夫、お父さんも同じこと言うと思うよ」

「……妙にお父さんとあんたは私の機械スキルに信頼おいてるわよね」

「自覚はいまだにない、と」

「むう……」


 そしてとうとうその時がやってくる。


 ――リンゴーン……リンゴーン……


 試験会場が開いた事を鐘が知らせる。弥生たち以外にも試験会場には受験生が……まあ、一部骨だけの存在や試験会場に入れないノルトの民も含めて一斉に動き始めた。


「さ、弥生さんは受講番号最後ですから席も一番後ろです。これが受験番号ですよ」


 ニーナが小さな木札を弥生に手渡す。

 直前まで握っていたので弥生が触れた時はまだぬくもりが残っていた。

 

「なんかいい匂い」


 実はニーナがリラックス効果のある香水をちょっと垂らしておいたので、ふんわりと柔らかい花の香りがする。思いっきり弥生びいきだ。


「でも番号……」


 すぐ隣で木札を見ていた真司が何とも言えない表情を浮かべる。

 なにせその木片に刻まれている番号は427シニナ……最悪のゴロだった。


「そこはその……さすがに番号まではいじれないので」


 ニーナもそう思っていたのかさっと目を逸らしてしまう。


「ま、まあ清水の舞台から飛び降りるようなもんよね!! 頑張ってくるね皆!!」


 ……かの観光地で飛び降りると生存率約85パーセントなので悪くない数字だが、例えとしてどうなのだろう。一通り人の流れも無くなってきた頃を見計らって弥生は会場に向かう。

 お守りのように木片を握りしめて深呼吸し、まっすぐに前を見据えて……。


 この時には統括ギルドの書記官募集史上初の出来事が起きるとは誰も……本人すらも予想していなかった。


「姉ちゃん本気出したらトップかもしれない」


 否、ぽつりとつぶやいた真司だけはひょっとしたらわかっていたのかもしれない。



 ―― 一週間後 ――



「移民管理部、ニーナ受付担当まいりました!!」


 重厚、その一点に全てをかけた鋼の扉を前にしてニーナと弥生は直立不動だった。

 それは両側に立つ全身鎧の警護兵にこれでもかと睨まれていたからである。実際は睨まれているというより眺められているのだが、頭のてっぺんからつま先まで武器を持っていないか……危険な動作などをしていないか……プロの目で吟味されていれば大概は緊張するのが当たり前だ。


「受験番号427番、日下部弥生です!」

「どうぞ」


 門の向こう側から声が聞こえると警護兵ががちゃりがちゃりと扉の鍵を開け……二人がかりで押し開く。たまに弥生の耳には「くはっ……」とか「ぬぅぅぅ」と聞こえて来る辺り……見た目通り相当な重量があるのは明らかだった。思わず頑張って……と祈らざるを得ない。


 監理官室とそっけない筆跡で扉にはそう書かれている。

 つまりはこの部屋の主は監理官その人だ。ちょうど今の時間帯は夕日が窓から差し込んでいて弥生とニーナからは逆光となり声の主の姿は見えない。

 黒い輪郭で大きな机に座っているのだけはわかるが二人にその表情は読み取れなかった。

 

 ――ごくり


 ニーナが緊張からつばを飲み込む音がやけに大きく響いた。


「くすっ」


 影が縮む、正確には監理官が椅子から降りただけなのだが……相当背が小さいのか机と高さがあんまり変わらない。弥生達から見ると頭だけが机の上から生えているかのようだ。


 そこから笑い声は聞こえた。

 

「楽にしてください、咎めるとかじゃないので……もうちょっと肩の力を抜いてくれると私としても話しやすいですから」


 ニーナと弥生がその言葉に顔を見合わせてこくりと頷く。


「まずはニーナ受付担当……ああ、カーテン閉めましょうか。まぶしいでしょう?」


 話し始めると思いきや、監理官はてくてくと窓のカーテンをシャッっと閉める。

 一気に暗くなるかと思われた部屋はちょうどいい明るさとなった。


 カーテンが閉まると同時に部屋のランプが灯ったからなのだけど、どうやったかは弥生にはわからなかった。


「これで良し、ニーナ受付担当。呼び立てて申し訳ありません……弥生さんも初めまして。オルトリンデです。こう見えても70歳なので子供ではないですからね?」


 わからなかったが、逆光から解放されてはっきりと認識できたのは子供だった。

 文香と同じくらいの背丈で薄紅色の髪、藍色の瞳、そして高級そうなスーツに身を包む少女。

 オルトリンデ・ヴィクトリアル――統括ギルド唯一の監理官だ。

 にこやかな笑みと一本筋の通った立ち姿は確かに単なる幼女というには不釣り合いといえる。


「は、はい。はじめ……まして」

「ええ、さて……まずは本題に。ニーナさん、今回はお手柄でした……詳しい経緯を聞いても?」

「はい! ええと……」


 詳しく話すほどの事もなく数分で説明を終えるニーナ。


「ふむ、監理官からの報告そのまんまですね。ではまず弥生さん、本来であれば五日後の合格発表まで待っていただくのですが……そうもいきませんのでここで発表させていただきます」

「ふえっ!?」


 驚く弥生、そしてニーナを目を丸くして驚愕しているが何とか声を押さえるのには成功した。

 そしてオルトリンデから告げられた言葉は……。


「全問正解です。おめでとう日下部弥生一級書記官、当ギルドはあなたを歓迎します」

「い……」

「いっきゅう?」

「はい、三級書記官の試験会場に居なかったのでどうしたものかと思ったら一級の試験を受けてたんです。貴女は」


 オルトリンデがわざわざ呼び立てたのはそういう事らしい。

 二人にとって青天の霹靂以外の何物でもななかった。


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