頭突きで始まる挨拶

 ――ちゃんと会えるから!


「うんっ!? 真司!! 文香っ!?」


 ごちんっ!!


「ぶげっ!!」


 弥生の額に走る衝撃と素っ頓狂すっとんきょうな悲鳴はほぼ同時。

 目を覚ました弥生が初めて見た光景は金髪の少女が鼻の頭を押さえて涙目で自分を睨んでいる所だった。


「ひどいんじゃないかな!? 看病相手に寝起きで頭突きって……と言ってもどうしてここで寝ていたのかとか教えてくれるとエキドナおねーさんは非常にリアクションを選択しやすいねぇ」


 思ったより元気そうだねぇ、と。赤くなった鼻っ柱を左手で撫でつつエキドナは弥生の額を右手で優しくさする。弥生からすると上下逆さまなエキドナの顔、空が見えること、後頭部の柔らかい感触……それらを総合して弥生は察した。膝枕されていると……。

 そして慌てたがゆえに失敗する。


 弥生は顔を真っ赤に染めて跳ね起きたのだ。

 エキドナに膝枕で覗き込まれたままの状態で……当然だが


 ――ごちんっ!!


 通算二度目の頭突きが発生した。


「……いくら心が琵琶湖びわこ並みに広いエキドナおねーさんでも限度というものがあるとは思わないかな? かな?」

「ごめんなさぃぃ……」


 お互いに涙目&追撃ダメージを受けた中、わたわたと弥生はエキドナに向き直る。

 もちろんエキドナに合わせて正座だ。なんか周りがだだっ広い草原だとか……土の匂いに合わせて心地い風が吹いてるとか、改めてみるとおねーさんと言いつつ。弥生とそう年が変わらなそうなエキドナの容姿とか……もろもろおいてまずは弥生が深々と頭を下げた。


「およ?」

「ありがとうございました。助けて……くれたんですよね?」


 丁寧に、お礼と確認をする弥生にエキドナが目を細める。

 何かまぶしいような、なつかしいような光景を思い出すかのように……。


「そんなところかな? おねーさんはたまたま君らを見つけてねぇ……この辺は街道からも外れているから動物とか魔物だとかでないとも限らない。ちょうど休憩がてらに不寝番といったところだねぃ」


 ばちこん! とウインクと横ピースを決めるエキドナ。

 鼻の頭が赤くなっているのでなんとなく恥ずかしさをごまかしてるような絵面になってしまっていたが、弥生の緊張感を緩めるのには正解だったようだ。


「もしかして身ぐるみ剥がれます?」


 くすり、と笑いながら顔を上げる弥生。

 にゃはは、と手をひらひらさせるエキドナと目が合う。


「まさか、野盗だったら運が良くてもなぐさみ者にされて奴隷オークション行きかなぁ? 何もなかったから言うけどさぁ、こんな所で子供だけで寝てるなんて不用心にもほどがあるとおねーさんは忠告するよ。なんか事情アリっぽいのはわかるけど……改めて何があったのか教えてくれるかな? 名前は言える?」

「弥生、日下部弥生と言います」

「おーけー弥生。後二人は妹さんと弟さんでしょ? 僕のテントで話そうじゃないか」


 そういってエキドナが立ち上がり弥生を手招きすると、長い金髪が風にたなびき……不思議な貫録をみせた。 

 弥生になんとなくこの人なら信じてもいいかなと思わせるほどに……

 そして、弥生に生まれたほんの少しの余裕が目覚める前の声に疑問を持つに至る。

 

 ――『ちゃんと会えるから』どこかで聞いた事のある声だったような気がした。


 幼いころから慣れ親しんだ声のような、しかし今の弥生はその答えにたどり着く前に思考がそれてしまう。


「妹さんはもう目が覚めてるから先にご飯食べてもらってるよ~」


 歩いてすぐに見えてきた緑色のテントとそのすぐ近くにある石積みの簡易かまどにかけられた鍋。ちょうど風向きが変わり弥生たちのほうへ流れてきたのは食欲をそそる香りだった。


「すみません。ちゃんと食材代はお返しさせていただきます……」

「へ? 何言ってるのさ……僕の妹にもあの手際の良さ見習わせたいねぇ。野草集めたり川でお魚釣ったり。全部自分でやってのけたんだよ?」


 むしろこっちがお礼しなきゃだよ。と快活かいかつに笑うエキドナに弥生の眉根がよる。


「……あの子ったら」

「おーい! 妹ちゃーん。君のお姉さん見つけたよー」


 エキドナが両の手をメガホンみたいにして声をかけると即座に返事が返ってきた。


「はーい! おにーちゃん、おねーちゃん見つけたって!!」


 その声は弥生の耳にも届いた。よかったねぇ、とエキドナに声をかけられて弥生の顔には安堵が浮かぶ。まずは一刻も早く顔が見たかった。


「さ、早く顔を見せてあげるといいんじゃないかな?」

「はいっ!!」

 

 足取りも軽やかに弥生はテントに向かう。

 それをのんびり見送りつつ、ゆっくりと踏み出したエキドナがぽつりとつぶやく。


「手がかり見つけたかもしれないかな?」


 左手にある学生証には日下部弥生とはっきりくっきり、ぎこちない笑顔の写真と共に記されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る