第一章~②
「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、今の話について俺で良ければ相談に乗るよ」
大貴がいると気付いていなかった彼女達は、突然の登場に驚いていた。お互いの付き合いもまだ浅かったせいだろう。とはいえ普段におけるクラスでの振る舞いから、大貴は信用できるタイプだと思われていたらしい。
授業には必ず出席し、要点をまとめたノートもしっかり取っていた。それらを欠席していた人達にコピーし配っていた為、テストの際など重宝された点が評価されていたのかもしれない。よって大貴の提案は、すんなり受け入れられた。
そこから更に詳しい事情を聞き分析した上で、意見を述べた。
「人探しなら、素人が
「どうしてそう思うの」
二人して同じく首を傾げた為、説明した。
「だって本来は遺産の半分を受け取れるはずなのに、それをしなかったのは何故か。しかも死後離婚までして、磯村家との関係を断ち切ったんだろ。そう考えると、余程の事情があったとしか思えない。だから見つけただけでは、拒絶されてまた逃げられるのが落ちだ。その根本から解決しないと、一緒に暮らすなんて夢のまた夢だろう」
楓は項垂れ、泣きそうな声で呟いた。
「やっぱり私が邪魔になったのかな」
しかし絵美は首を振った。
「だからそれは違うって言ってるじゃない」
もしそうだったなら、自分が受け取れる分を楓に相続させ、遺産管理をするとは思えないと主張した。それに楓が反論する。
「お祖母ちゃんの遺言だったから、仕方なくそうしただけかもしれない。だから実際の管理は、弁護士に任せたんだと思う」
「それは楓が未成年だったから、親権を持つ父親や
二人の言い争いを聞き、大貴は絵美に加担した。
「俺も目黒さんの言い分が正しいと思う。山内さんのお祖母さんは、半年以上
「でもN県にある家の建物部分と、現金一千万円だけよ。そのお金だって家の管理費として、三十年分を一括前払いする為にほとんど使われていたの。固定資産税を払う金額しか、残らない程度だから」
「だったら尚更だ。お祖母さんは、自分の死後にお祖父さんが姿を消すと知っていたか不明だけど、山内さんの将来を二人で考えた上で、そうした遺言を作成した可能性が高いよ」
「お祖母ちゃんは、知っていたかもしれないっていうの」
「それも否定できない。そうでなければ、損をしない最低限のお金だけを残したりしないはずだ。ちなみにお祖父さんが自分名義の個人資産を、それなりに持っていたかどうか分かるかな」
楓は少し考えてから答えた。
「多分、あったと思う。お祖母ちゃんの会社の仕事も手伝っていたから、個別にお給料を支払われていたはず。それに家事は全面的に任せていたから、そういう手当も払われていると聞いた覚えがある」
「お祖父さんが家事をしていたのか。二十年位前の話だよね。それは珍しいな」
「そう。お祖母ちゃんは会社を継いで社長になっていたから、仕事が忙しかったみたい」
その為料理など得意だった祖父が、主に身の回りの世話をしていたようだ。楓の面倒を看ていた時間も、祖母より長かったという。
「なるほどね。それだったら、現金は一千万だけで土地を除く建物だけを遺贈した理由も納得できる」
少なくとも住む場所さえ確保できれば、万が一の場合の生活には困らない。そう考えると死後離婚し楓の前からいなくなることまで、祖母は予想していなかった可能性もある。
そこで絵美が首を捻って聞いてきた。
「それだったら、どうして建物と土地を別々にしたのかな」
「多分、お祖父さんの負担を出来るだけ少なくする為だったと思う」
土地を相続すれば、その固定資産税が必要だ。別にしていても、楓に出て行けと言われない限りは住める。だからだろうと説明した。
すると楓は顔を膨らませた。
「私がお祖父ちゃんを、追い出すはずがないでしょ」
「だから建物だけを残し、必要最低限の現金を遺贈したんだろう。ただ家を出て失踪し、その一千万円を管理費に使うところまで、お祖母さんが了承していたかは不明だ。もし知っていたら、建物だけを遺贈する意味が余りないからね」
「そうかもしれない。お祖父ちゃんはお祖母ちゃんに、自分はいいから、私が出来るだけ多く遺産を受け取れるよう頼んでいたと思う」
「その可能性が高い。相続税の事を考えれば、節税の為にもっと多くお祖父さんに渡していたはずだ。残りがいくらあるか知らないけど、相当な額を山内さんに残したんだよね」
「う、うん」
彼女はさすがに言い淀んだ。それはそうだろう。他人に自分がいくらお金を持っているかなんて話は、普通したくない。だから比較的親しい絵美にだけ、相談していたのだと思われる。
そこに同じクラスだが、それ程親密とは言えない大貴に詳しい内訳など知られたくないはずだ。その上先程説明された経緯によれば、本人さえも詳細な金額は良く知らないらしい。来年の四月、彼女が二十歳になった時点で、弁護士から正式に本人名義の資産全額を受け取る手はずだという。
こうした会話をしていた年の六月には、成人年齢を十八歳に引き下げる法案が成立していた。しかし施行は、四年後の二〇二二年四月一日からだ。よって来年の四月に彼女が二十歳の誕生日を迎えなければ、遺言書通りには執行されない。
ほんの一部が建物と現金一千万、しかも東京で不動産業を営んでいた資産家だという点を考慮すれば、億は軽く超えているだろう。その程度は何となく、彼女も理解しているに違いない。大貴はそこに惹かれたのだ。
今はただの学生に過ぎない彼女が、来年には富裕層の仲間入りを果たす。当然資産運用における専門知識など、持っているとは思えない。
そうなれば大貴が目指す会社において、目の前にいる彼女は将来の顧客になる資格を持つ存在だ。これを見逃す手は無い。出来る限り協力し役に立って恩を売り、是が非でも彼女が持つ資産の運用権利を得たかった。
就職するまでの四年間、必要な各種資格を取得するのは当然だ。さらに顧客を紹介できれば、間違いなく内定が取れるだろう。もちろん大貴は既に、いくつかのターゲットを持っていた。
そこに彼女が加われば、手駒が増える。お土産は多いに越したことは無い。いずれはそれらの顧客の資産運用を手がけ、そこで得る収益が自分の報酬になるのだから。
それ以上に、彼女のような自らの手で生み出したのではない資産を持った人物が、大金を手にした後どのように振舞いどう変わっていくのかを、是非とも身近で観察したいという欲求が高まった。
しかしそうした胸の内を、今の段階で気付かれてはいけない。あくまで善意の友人として、誠意ある的確なアドバイスを与えねばならなかった。
そこで彼女に告げた。
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