2日前の二月と三月の会議

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2日前の二月と三月会議

 襖と障子、木の柱に囲まれた座敷。

 座卓に二人の少年がはす向かいに座っていた。

 一人の少年は、思春期を迎えながらも、まだ幼子が持つ快活な様子を持っていた。

 少年の名を取手とりで行彦ゆきひこといった。

 もう一人は、ゆかしさを持った好ましい少年だ。

 名前を、東雲しののめ謙吾けんごといった。

 行彦は腕組みをし、顎を手に乗せながら、じっと思案している。

 謙吾は、自分の家なのにいたたまれない表情で正座をしていた。

 行彦の目が見開かれた。

 考えに考え、悟りを開いたかのような真面目な顔つきになり、そして口を開く。

謙吾も、思わず姿勢を正した。

 緊張が走る。

 行彦から出てきた言葉は意外なものだった。

 いや、ある意味、想像していた通りのものであった。

「俺達はモテない。バレンタインまであと2日。今までに欠片すら貰えなくてドキドキもできない。なぜだ! 女子の会話を聞いても、北田、斉藤、青木、有名人ばっかだ」

 謙吾は拍子抜けしたように、脱力する。

 行彦の悩みとは、ただそれだけだったのだ。

「それは才能があるからだよ。スポーツ万能、イケメン、秀才、人気者じゃないか」

 そうなのだ。

 クラスの中でも、特に目立つグループにいる男子ばかりなのだ。

 それに比べて、自分と行彦は、ごく普通の目立たない生徒だ。

 行彦は、座卓を拳で叩く。

「謙吾知っているか。女が男にチョコ渡すのは実は日本の文化なんだ。海外ではバレンタインは『愛の日』として認識され、男から女に贈り物をするのが主流なんだ。俺達は受け身過ぎた。だから中学の3年間ダメなんだ!」

 謙吾には返す言葉がなかった。

 確かにそうだと思ったからだ。

「なるほど。じゃあ、僕達から何かすれば良いんだね」

「そうとも。俺とお前で何かしてみようぜ。そして俺達はモテ期到来だ」

 行彦は大きくうなずき、自信に満ちた目を向ける。

 二人は握手をし、固く友情を結んだ。

 その日の内に、二人は入念なリサーチを行う。フランス、台湾、イタリアではバラの花を贈ると知る。

 そこで二人はバラの花を購入した。

 謙吾は花束を持ちながら懐に深いダメージを受けていた。

「行彦。バラの大輪って高いんだね。万円近く飛んじゃったよ」

「嘆くな。こんなものは必要経費さ。俺もだが、お前もモテたいだろ」

 行彦と謙吾は二人の小遣いを出し合うことで、この出費を抑えた。

 当日を迎えた二人は、花束を持って登校。

 するとクラスの女子の方から近寄ってきた。

 その輪の中に、行彦と謙吾の姿があった。

(見ろ。謙吾俺達は、今モテているぞ)

(本当だよ。これは凄いことだよ)

 そんな二人の耳に、クラス委員の女子が言う。

「男子達も気が利くじゃない。私達、国語の折原先生が産休に入るからお祝いに花束を用意してたの。まさか、お祝いを用意してたなんてね」

 行彦と謙吾は顔を見合わせた。

 呆気にとられている間に、二人がなけなしの金で買った花は奪われてしまった。

 

 ◆


 行彦は、再び謙吾の家に居た。

 謙吾はなぜ彼が居るのか分かって、その表情は曇っていた。

「ホワイトデーまであと2日。なのに女子の間で名前が出るのは北田、斉藤、青木の三人のみ。誰も俺達のことは話題にもしない。なぜだ!」

 行彦は怒りをぶつけるかのように、座卓を拳で叩いた。

「それは。あげても無い男は対象外だからだろ」

 謙吾の答えに、行彦は鬼の首を獲ったような顔をした。

「ところがどっこい。at home voxの調査によれば、チョコをあげていない男からホワイトデーにプレゼントをもらったらの質問に対し60%の女性が、嬉しいと回答しているんだ」

 謙吾は嫌な予感しかしなかった。

 案の定、彼はとんでもないことを言い出した。

 それは悪魔のささやきであった。

「ま、まさか」

「知れたこと。クラスの女子全員にをするんだよ」

 まさに悪魔的な発想だった。

 そして、それは実行された。

「行彦。クラスの女子20人に一人、500円の予算でいくと二人でいくら出せばいいのかな……」

 謙吾は懐が痛くて失神しそうな顔をしていた。

「泣くな。こうしておけば、来年は義理で貰えるかも知れないだろ」

 行彦は、そう言って謙吾の肩を叩く。

 それは、とても残酷な仕打ちだ。

 だが、それはまた甘い誘惑でもあった。

 当日、女子の反応は、まずまずだった。お返しということで、喜んでいるようだった。

「出費は大ダメージだけど、そこそこ喜んでもらえたみたいだね」

「ああ。これで僕達はモテモテになれるハズだ」

 行彦は、そう自分に言い聞かせながら、謙吾は涙ぐんでいた。

「ところで、僕達。今年で中学卒業なんだよね。みんな、バラバラになるけど。高校生になっても、僕らのこと覚えているかな?」

 行彦は目を細め、遠い目をしながら答える。

 そこには、何かしら寂しさのようなものが含まれていた。

 互いの距離は、そのまま心の距離になる。

 二人はどれだけ無駄なことをしたのか気がついた。

 彼らの胸に後悔の念が渦巻いていた。

 そして二人は悟った。

 モテ期というのは、努力によって訪れるものではないと。

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