第73話
「身の程知らずの想いだとわかっています。お嬢様にどうこうして欲しいなんて思っていません。ただ、お嬢様にだけは結婚相手を探すなんて言って欲しくないんです」
サイラスは悲しそうに言う。
「公爵家の婿になりたいわけじゃないのよね? 私、身分がなくなるとちょっと綺麗で気品があるだけの凡人になっちゃうけどいいかしら? 生活力もないから、最初はサイラスに頼りきりになっちゃうと思うけど、そこはなんとか慣れるようにするわ」
「お嬢様? 何をおっしゃっているんですか?」
「私と結婚しましょう! お父様にお願いしてみるわ! 却下される可能性が高いだろうけど、そうしたら私が平民になる! それなら問題ないでしょう?」
笑顔でそう答えたら、サイラスは目を見開いた。
「い、いけません! なんてことをおっしゃるんですか! 私は本気でお嬢様に結婚していただけるなどと思っているわけではありません!」
「だって私、サイラスの望みは全て叶えてあげたいのよ」
「そんなつもりで言ったわけではないのです。お嬢様ならあの馬鹿王子との縁談がだめになろうと、良縁がいくらでも望めます。私などではいけません」
サイラスは動揺しきって、なんとも不敬なことを口走っている。
「いいわよ、そんなものどうでも」
私はもともと巻き戻る前の世界では殺人未遂の罪で投獄されていた身だ。良縁も何もあったものではない。
それに今まで考えたことがなかったけれど、考えれば考えるほどサイラスと結婚するのは理想的な気がしてくる。
私は命がけで助けてくれるような人を伴侶にできるし、サイラスはどうしてだか知らないけれど、あまたの美しいご令嬢たちよりも私がいいらしいのだ。
私がサイラスと結婚すれば、これからだってずっとサイラスへの恩返しを続けられる。
そうだ、もうサイラスに恋人ができたら連れ回すのは控えないと、なんて寂しく思う必要もない。
何より、サイラスと一緒ならきっと楽しいだろう。
だって私は巻き戻ってからの数ヶ月、人生で一番っていうくらい楽しかった。
「私、あなたを幸せにしてあげたいの。それにあなたと一緒なら私も幸せになれる気がするの。だめかしら?」
「お嬢様……」
サイラスは迷うように私を見て、それからおそるおそるといったように抱き寄せる。
「夢みたいです。お嬢様」
涙声でそう言われ、なんだかとても嬉しくなった。
私はもしかしたら、サイラスが自分を犠牲にしてまで助けてくれたと知ったあの日から、ずっとサイラスのことが好きだったのかもしれない。
それに気づかなったのは、きっとあの時私の心を埋め尽くした後悔と罪悪感が、今でも心に残っていたから。
一度目の人生でサイラスを死なせた私は、今回の人生では決して彼を縛るようなことはしたくなかった。
サイラスには私の想いなんて気にせず、ただ自由に、幸せになって欲しかったのだ。
見上げると、心底幸せそうにこちらを見つめるサイラスと視線が合う。
私はもう感情に気づかないふりをしなくていいのだと思ったら、自然に笑みがこぼれた。
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