第24話
廊下を機嫌よく歩いていたら、ふと前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
明るい金色の短い髪。シンプルだけれど、一目で上質だとわかる青いジャケット。できることなら出くわしたくない人物だった。ミリウス王子だ。
「サイラス、あれ……」
「どうしたんですか? ……あ」
「あれ、ミリウス様よね? せっかくジャレッド王子とカミリアがいない時を狙って来たのに」
うんざりしながら言うと、サイラスは私以上に嫌そうな顔をしていた。
「嫌なものを見ましたね。お嬢様、こちらの道はやめて別の出口から出ましょうか」
「もう、サイラス。不敬罪になるわよ」
心底嫌そうな顔でミリウスを見つめるサイラスを窘めながら、ミリウスの様子をうかがう。彼は黒いワンピースを着たシスターらしき少女と話していた。
「あれ……? サイラス、あの子に見覚えない?」
「あの方は確か、カミリア様のそばによくいる……」
「カミリアのお世話係みたいな子よね? 一体何をしているのかしら」
ミリウスとシスターに見つからないようにそっと隠れながら二人の様子を観察する。
あの子は確か、平民から聖女になったカミリアがお城や神殿で困らないようにと、世話係としてつけられたシスターだ。
王宮に出入り禁止になる前は、彼女がカミリアのそばについて甲斐甲斐しく働いているところを何度も見かけた。
ミリウスとシスターはこそこそ何かを話しながら、人の多い祭壇の間とは逆の方向へ進んでいく。
「一体何をしているのでしょう。あちらは関係者以外立ち入り禁止の通路のはずですが……」
「カミリアに何か頼まれたのかしら」
不思議に思いながら眺めているうちに、ミリウスとシスターは通路の奥に消えてしまった。シスターはわかるとして、どうしてミリウスが関係者用の通路に。
何となく気になってしばらく二人の消えていった方向を眺めていたが、後を追うわけにもいかなかった。
教会でミリウスとシスターが一緒にいること自体は何の問題もないし、そもそもミリウスにもカミリアにも極力関わりたくないのだ。
「行っちゃったわね。サイラス、早く出ましょう」
「……そうですね」
サイラスも二人の様子が気になるようで、しばらく二人の消えた方向を眺めていたが、私が声をかけるとうなずいた。
なんだか引っかりの取れないまま、神殿を後にした。
***
神殿を出て庭園を抜けると、早速通りの店を回ることにした。
久しぶりに見るお店はどこも賑やかで、見ているだけで晴れやかな気持ちになる。
しばらくお店を回るうちに、先ほどミリウスとシスターを見たときに感じた不信感なんてあっという間にどこかへ消えてしまった。
「サイラス、見てみて! 空飛ぶトカゲなんて売ってるわ!」
「本当だ。珍しいですね」
「あっちには喋る植物がある! 可愛いわ!」
「お嬢様は変わったものがお好きですよね」
私がはしゃいでいると、サイラスはくすくす笑いながら言った。私は自分が浮かれすぎていたことに気づいて、ちょっと恥ずかしくなる。
だって仕方ないのだ。小さい頃ならともかく、成長してからはこういう庶民的で楽しげなお店に行くことなんて許されなかった。
歴史あるものや、高い価値があるとされているもの以外、好きだと言うだけで教育係から咎められた。
だから自由に振る舞える今が楽しくて仕方ない。
「サイラス、欲しいものがあったら何でも言ってね。空飛ぶトカゲでも喋る植物でも、動くペンでも何でも買ってあげるから」
「それ、お嬢様が欲しいだけじゃないですか?」
得意げに言ったら、サイラスにまた笑われてしまった。
私はちょっとむくれてサイラスを見る。何がおかしいのか、サイラスは私の顔を見てさらに笑いだした。
「ちょっと失礼ね! なんでそんなに笑うのよ!」
「すみません、お嬢様があんまり可愛らしいので」
サイラスは笑いをこらえるように口を手で押さえながら言う。納得がいかなかったけれど、可愛らしいと言われて単純な私は少し機嫌を戻した。
「私、可愛らしいかしら」
「はい。幼い子供のようでとても可愛らしいです」
「ちょっと! やっぱり失礼なこと言ってるじゃない!」
私が怒ってぽかぽか肩を叩くと、サイラスは笑いながら謝った。
それから私の手を取って、なだめるように言う。
「笑ってすみません。お嬢様は立派な淑女に成長なさいましたもんね。よろしければあちらのドレスショップでお嬢様に似合うドレスを探しませんか?」
「ここにドレスショップなんてあるの? よく知ってるわね」
「お嬢様の好きそうなお店は、全て調査済みです」
サイラスはちょっと得意そうに言う。いつも思うのだけれど、サイラスは私よりも私の好みを完璧に把握しているから驚いてしまう。
もちろん私はうなずいて、サイラスの言う方角へ歩き出した。
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