第8話

 その後、私たちはたくさんのお店を見て回った。


 男性向けの洋服店や雑貨店を見かけて入ろうと勧めると、サイラスは一応お店に入ってはくれるものの、欲しい物も言わずに短時間で出ようとする。


 そうして私の好きそうなお店ばかり探して誘導した。


「もー、私の買い物に来たんじゃないって言ってるじゃない」


「すみません。つい」


 サイラスは謝りつつも、やっぱり自分向けの店には目を向けようとしない。


 その上、サイラスの腕には大量の荷物が抱えられていた。どれも私に買ってくれたものばかりだ。


 せめて荷物くらいは自分で持つと言っても渡してくれないので、これではちっとも恩返しになってないではないかと不満だった。


 今日のサイラスは執事として同行しているわけではないのに。



「お嬢様、ありがとうございます。今日は人生で一番いい日です」


 それなのにサイラスは腕いっぱいの荷物を持ちながら幸せそうにしている。


「こんなのが楽しいの?」


「はい。ずっとお嬢様とジャレッド王子が一緒に出かけるのを見てうらやましかったんです。お嬢様のおかげで夢が叶いました」


 あんまり嬉しそうに言うので、それならいいのかなぁなんて思ってしまう。


 それにしても、サイラスはそんなに私と一緒にお出かけしたかったなんて。なんだか可愛い。前回の人生でも街歩きくらい付き合ってあげればよかった。


「お出かけくらいいつでも付き合ってあげるわ」


「え…っ、いいんですか!? いや、お嬢様に何度も時間を使ってもらうわけにはいきませんから!」


 サイラスは目を見開いて嬉しそうな声を上げた後、慌てたように首をぶんぶん横に振っていた。遠慮しなくてもいいのに。



「ねぇ、あれもしかして……」


「公爵家のエヴェリーナ様じゃない。どうして平民みたいな服を着てこんな街中で」


「一緒にいる男性は誰かしら。貴族には見えないけれど」


 ふと、後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、ドレスを着て日傘を差したご令嬢たちがこちらを見てひそひそ話している。そばには馬車が停まっていた。


 どこかの貴族のご令嬢たちが街に出向いてきたのだろう。私の視線が向くと彼女たちは一斉に目を逸らす。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


「いいえ、何でもないの」


 私は笑顔で言う。サイラスの耳には届かなかったようだし、つまらない話を聞かせることはない。促されるまま店の扉をくぐる。


「エヴェリーナ様、ジャレッド殿下に婚約破棄されて気が変になったんじゃないかしら」


 後ろから吐き捨てるようにそんな言葉が聞こえた。私は振り返らないまま、店に足を踏み入れた。



***


「お嬢様、今日はありがとうございました。一生の思い出にします」


 日が暮れ始めた頃、サイラスは大荷物を抱えたまま満面の笑みで言った。喜んでくれたのはよかったが、私にはまったく納得がいかない。


「ちょっと待ってよ。今日はあなたにプレゼントを買うはずだったのに、私の買い物ばかりになってたじゃない」


「私は特に欲しい物はないので……。お嬢様と一緒に買い物ができて幸せでした」


「私は満足してない! ちょっと待ってなさい。今馬車を呼ぶから」


 私はそう言うと、通信機付きのペンダントを開いて公爵家の馬車を呼び出した。


「お嬢様? どこに行くんですか?」


「このままでは終わらせないわよ。まだつき合ってもらうから」


 サイラスは不思議そうにしていたが、私は特に説明せずに馬車がやって来ると彼を中へ押しこんだ。



 到着したのは貴族用の服を販売する洋服店。


 私はドアの前で状況の呑み込めていない顔をしているサイラスの背中を押す。


「さぁ、サイラス。早く中で服を買いましょう。あなたに似合うのを選んであげるわ」


「お嬢様、このような高級店で買い物をするのは、金銭面で私には少々厳しいのですが……」


「私が払うに決まっているでしょう。さぁ、早く入って」


 私は困惑するサイラスを無理やり店内に押し込む。そして彼に似合いそうな服を選んで、店員さんに預けた。


 サイラスに着せてくれるよう頼むと、店員さんは快く了承してくれる。サイラスは戸惑い顔のまま、店員さんに引っ張られていった。



「まぁ、サイラス! とっても似合ってるわ!」


 店員さんに連れられ試着室から戻ってきたサイラスを見て、思わず明るい声が出た。


 サイラスの赤い目に合うように、ワインレッドのベストに赤い刺繍の入った黒のロングコート、同じく黒色のズボンを選んでみたが、想像以上によく似合っている。


 サイラスはもともと綺麗な顔をしていて背も高いから、少々華美な服を着てもちっとも負けていなかった。


「あの、お嬢様……。私にこんないい服はもったいないです」


 せっかく似合っているというのに、サイラスは落ちつかなそうにしている。


「そんなことないわ。ぜひこの服を買いましょう」


「このようなものを頂くわけにはまいりません」


「だめよ。だってこれから行くお店には、さっきまで着ていた服で入るわけにはいかないんですもの」


「これから行く店?」


 サイラスは不思議そうにしているが、やっぱり説明はしてあげない。どこに行くか言って遠慮されたら困るのだ。


「私も着替えて来るから、ちょっと待っててね」


「あっ、お嬢様!」


 後ろからサイラスに引き止められたが、私は構わず駆け出した。

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