第3話

 牢屋から出た私は、衰弱から回復するまで数ヶ月ベッドの上で過ごした。


 起き上がれるようになりやっと、解放された理由がわかった。


 執事のサイラスが、血のついたナイフを持って自分がやったと自首してきたと言うのだ。調査の結果、ナイフの血はカミリアのものだと判断された。



 サイラスは私より一つだけ年上の執事で、子供の頃からずっと公爵家で働いてくれていた人だ。


 とある商家の次男で、子供のうちから公爵家に仕えて忠実な使用人になれる者を探していたお父様が、その利発さを気に入って連れて来たらしい。


 お父様はサイラスの働きぶりを見てさらに気に入り、私の専属執事にした。なので、私は子供の頃からいつも彼に世話を焼かれながら過ごしてきた。



 でも、だからって、なぜ。


 専属執事だからといって、主人の娘の罪をかばってやる義理はないはずだ。


 お父様が命じたのだろうか? いや、そんなはずはない。お父様はカミリア暗殺を命じたのが私だと知るなり、私をあっさり切り捨てたような人だ。今さら身代わりを用意するはずがない。


 それならどうしてサイラスは私をかばうような真似を。

 

 ぼんやりする頭を必死に働かせる。


 記憶を辿ると、サイラスだけはじょじょに居場所をなくしていく私にずっと優しかったことを思い出した。彼だけは風向きがどう変わろうとも、決して私を見捨てることがなかった。


 ショックで部屋に閉じこもる私に、サイラスは何度も私の好きな焼き菓子を持って訪ねてきてくれた。


 王子に婚約破棄されて早々に私を切り捨てたお父様やお母様にも、煙たがられるのも構わず何度もお嬢様は何もやっていないと主張してくれた。


 牢屋に入れられている時期だって、ちゃんと面会に来てくれたのはサイラスだけだったのだ。


 なのに、私は全く気に留めなかった。



 屋敷を飛びだしてサイラスの閉じ込められている牢獄まで向かう。しかし、当然中には入れてもらえない。諦められず門の前で中に入れてと喚いていたら、門番に放りだされてしまった。


 私の腕を掴んだ門番は、「刑は確定していますから、諦めてください」とめんどくさそうな声で言った。


 釈放された私がベッドの上で死んだように過ごしている間に裁判は進み、覆せないところまで来ていたのだ。


 そうして何もできないまま、無実のサイラスは愚かな女の代わりに処刑されてしまった。



 それからの日々は、何も考えられないままただ呆然と過ごした。


 どうしてサイラスが。どうして私なんかを。そんな言葉ばかりが頭に浮かんで消えてくれない。


 私は王子やカミリアや、手の平を返すように冷たくなった周囲の人間を恨むばかりで、変わらず気にかけてくれるサイラスを見ようとしなかった。


 あんなに私を励まそうとしてくれたのに。


 あんなに私の無実を信じてくれたのに。


 お礼すら言わないまま、私はサイラスを死なせてしまった。


 無実ということになり屋敷に戻っても、周囲は相変わらず冷たい。けれど、もうどうでもよかった。


 家族も周りの貴族たちも、ジャレッド王子やカミリアですらどうでもいい。ただ、サイラスを死なせてしまったことだけが、胸に鉛を埋め込まれたように私を息苦しくさせる。


 日に日に絶望が募っていく。このまま生きていくことに希望を見いだせなかった。だって私はすぐそばにあったはずの希望をなくしてしまったのだ。



 そんな日々を送って数ヶ月、私はとうとうサイラスが命がけで助けてくれた命を投げだしてしまった。


 胸にナイフを当てながら懺悔する。


 神様、ごめんなさい。私は手に入らないものばかり望んで、そばにある救いを無視し続けました。


 どうか、私を憐れんでくださるなら願い事を一つ聞いてください。


 私はどうなってもいいから、サイラスが次の人生で幸せになれますように……。

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