弥勒現代編

第45話

 そして……。


 僕は現代へと帰ってきた。


 長い夢を見ていた様だ。どうも体が軽い。


 ーー修行は完成しましたか?


 ……はい。


「行ってきます」


 僕は玄関のドアを開けた。


 引きこもり生活を脱出。その記念すべき第一歩だ。


 ーーおめでとう。


 ……ありがとう。


 僕はキョロキョロと辺りを見回してみて妙なことに気づいた。


 なんと人々が僕をみて微笑んでくるのだ。


 何か僕の顔に特別変わったことがあるのだろうか。


 きっと、今の僕の顔は自信に満ち満ちていたに違いない。


 僕は家の近くの喫茶店に来ていた。


「いらっしゃいませ」


 僕は喫茶店の店員に元気よく声を出して注文する。


「ホットコーヒーをお願いします」


「かしこまりました」


 僕は喫茶店の窓から外の風景を見ていた。


 こんなことってあるんだなあ。


 十年も家に引きこもっていたのに、今、僕は平気で家の外にいる。それもいきなり喫茶店でコーヒーを頼んでいるとは今までの僕だったらとてつもない苦行のはずだった。


 それが今、平気でできている。


「強く……なれたのかな」


 どのくらい僕は自宅で夢を見続けていたのだろうか? スマホを確認すると、腕時計を拾った日から一日しか経っていない。


 もしかしたら全部、夢だったんだろうか?


 それでもいい。僕は最高の夢が見られたんだ。それでいいじゃないか。


 僕はお釈迦さまと観音様に心の中で感謝をした。


 ホットコーヒーを飲み終えた僕は次に散髪をしようと喫茶店を出て、近くの美容室へと来ていた。


 店の前に近づくと軽く動悸がしてくる。


 ここで引く訳にはいかないんだ。


「いらっしゃいませ、ご予約されていた弥勒様ですね? お待ちしておりました。どうぞこちらにお掛けください」


「はい、お願いします」


 美容師さんがニコニコとこちらを見てくる。


「今日はどの様な感じに致しましょうか」


「さっぱりとお願いします、スタイルは美容師さんにお任せします」


「かしこまりました」


 僕の長くなったボサボサの髪がハサミで髪をカットされていく。


 大量に床に落ちていく髪の毛が妙に生々しかった。


 カットを一通り終えたところでカラーリングはどうされますか? とのことだったので、せっかくだからここは思い切って茶髪にして貰うことにした。


「はい、ではブリーチしていきますね」


「お願いします」


 ブリーチをして貰っていくうちに今まで感じていた緊張をしなくなっていた。


 三十分が経過した。


「終わりました。ではシャンプーをしていきますね」


「流し台の方へどうぞ」


 美容師さんの手で泡立てる感じがとても気持ちいい。僕は身も心もとてもリラックスしていた。とても良い匂いがする。


 シャワシャワシャワ。


 シャンプーが終わった後、ドライヤーで髪を乾かしていく。


「こんな感じになりましたがいかがですか?」


 両開きの鏡で髪の感じを尋ねてくる。


「はい、とてもいい感じです。ありがとうございました」


「はい」


 美容師さんは僕に微笑んでくれた。


 お会計を済ませた僕は、久しぶりに外に出た反動か、体を休ませようと一度家に帰ることにした。


 家で鏡を見るととんでもないことに気づく。


「僕って結構、格好良かったんだなあ」


 ーーおめでとうミロク。


 ーーチカが待っていますよ。


 僕はその謎の声は誰かと詮索はしなかった。


 だけれどそういえば夢の中で観音様が現代でチカに会えるとかどうとか言っていた気がする。きっとどこかで会えるのだろう。僕はあまり気にしないことにした。


「これからどうしようか」


 夢の中で仏道修行をしたからといって、出家の道を志せる訳でもないし、何か変わったことがある訳でもなかった。


 とりあえず、今日のところは寝よう。


 僕はあまり無理をさせない様にした。


 久しぶりに美容室なんて行ったんだ。緊張して疲れたに違いない。


 僕はぐったりとベッドに横になった。


 ーーおやすみ、ミロク。

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