第42話

 菩薩の考えを察した、魔神マーラは、悪魔の軍勢に召集をかけ、全悪魔軍を率いて、菩薩の正覚を阻止しようとしました。


 マーラは百五十由旬もの巨躯を持つ、魔象ギリメカラに騎乗し、千手にあらゆる武器を携えていました。


 その軍勢を目にした菩薩はつぶやきました。


「……この悪魔らは私一人を排除する為だけに数多の軍勢を率いてやってきた。……今ここにあるは供もなく、私一人だけ」


「供の如くあるのは何世にもかけて積み重ねてきた波羅蜜のみ」


 そして菩薩は積み重ねてきた三十波羅蜜のことを思い起こしました。


 マーラは雷雲を召還し、雨を降らせ、大洪水を引き起こしましたが、菩薩の法衣を濡らすことはできませんでした。


 更には……地獄の業火を召還し、雨の如く降らせましたが、それら全てが菩薩に供える花環に変わりました。


 マーラはあらゆるものを召還し、雨の如く降らせました。


 武器や溶岩、地獄の業火、酸など。


 しかし、それら全てが菩薩を傷つけることはありませんでした。


 それに激怒したマーラは菩薩を捉えて処刑する様にと悪魔軍に命令を下しました。


 マーラは告げました。


「シッダールタよ。その宝座から降りよ。その宝座はお前のものではなくこの余のものだ」

 

 菩薩は仰いました。


「この宝座は私の徳によって生じた。そなたの徳によって生じたものでないのならば……決して降りることはない」


 マーラは脅しました。


「お前は余の力を理解してはいない様だな。余には数多な軍勢と、ありとあらゆる武器がある。孤独なお前はそれでも余に楯突くのか」


 菩薩は答えました。


「マーラよ。そなたもまた、私の三十波羅蜜の力を理解してはいない」


「それは私の軍勢であり、この大地そのものが、布施太子としての、七度の生によって築き上げた、大布施波羅蜜の証人となる」


 菩薩が右手で大地を指差した途端、風が吹き荒れ、水で埋め尽くされていた大地は震えました。


 厚さ二百四十万由旬の大地が六度も震え、菩薩の大布施波羅蜜によって生じた水は悪魔の軍勢を飲み込んだのです。


 悪魔の軍勢は四方八方へと流されて行きました。


 菩薩は心を静め、中へ中へと導きました。


 この日の夜明けと共に、一切智へと至り、悟りを開いて仏陀となったのです。


 ……。


「……くそ、この俺がやられるとは……こうなったら、コソコソしていたあの野郎だけは道連れにしてやる……」


 !!


 こちらに気づいたのか……。


 ……だが、奴は傷ついて弱っている……今なら僕の力でも追い返すことができるかもしれない。


 ……この世から、追い出してやる。僕のこの手で!

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