第29話

 それから、お寺に帰ってきた僕たちはお釈迦さまの前で坐禅を組むことになった。


「一体、なんだったんだろうなあ。お釈迦さまの言いたかったことって」


 僕は素直にわからないと言った表情でチカを見た。


「多分、そのうち御声を聞かせてくれると思うからしばらくこのまま座禅を組んでいよう。まあ、でも正直言ってホッとした。お釈迦さまはやっぱり慈悲がある存在だよ。無理なことは弟子には絶対にさせられないからなあ」


「そうだよ、お前もやっとお釈迦さまの偉大さに気付いたか。感謝しろよ、ミロク」


 よく、可愛い我が子には旅をさせろとのことわざがあるがお釈迦さまは逆なのだ。仏教の法句経の名で知られるダンマパダにも、修行僧が何かを求めて旅に出て行くと、苦しみに遭う。だから旅に出るな。苦しみに遭うな。と書かれている。可愛い我が子には旅をさせるなというのがお釈迦さまの持論なのだ。僕はこれは本当に正論だと思う。可愛い子がもし、怪我でもしたらどうするのだ。


「うん、思い出したよ、チカ。本当に危険な目に合わせないようにさせてくれる仏様は偉大だよな」


「……うん」 


 その時、なんだかチカが心の中で笑っていたような気がした。この女性を守らないといけない。僕はふとそんなことを思ったのだ。


「ミロク……?」


「い、いや、なんでもないよ。ははは、お釈迦さまはまだかなあ……ちょっとお茶でも淹れてくるよ」


 (ミロクか……)


 !!


 やっと連絡が取れたとホッと僕は胸を撫で下ろした。


「はい、ここにおります。お釈迦さま。この状況は一体どのようなことなのでしょうか。それと僕には、お釈迦さまに伝えたいことが……」


 (わかっておる。パーピマンの奴のことであろう、あやつ。またわしの居ぬ間に勝手なことをやりおって……普段はわしが睨んで勝手な真似はさせないのだが、すまなかったなミロク)


 お釈迦さまはなんでもご存知だということがわかった僕は、深い嘆息をチカに気づかれないように漏らした。


 (チカも変わりないか? お前が無事でいてくれることを嬉しく思うぞ。困ったことがもし、あったらいつでも、わしを心の中で念じなさい)


 するとチカは顔を赤面させた。


「は、はい。お釈迦さま。しかしミロクが本当にデリカシーがなくて困っています。男って本当に勝手な生き物ですね」


 ……。


 (こら、夫婦漫才なら他所でやりなさい)


 よく知っている懐かしい声が僕の心の中に響いてきた。


「その声は……観音様ですか!?」


 (ミロク、よくやってくれました。おかげであやつらの作戦がよく分かりましたよ。お前の行動は初めから見ておりました。これからは自分を大切にすることですよ)


「はい、お役に立てて嬉しく思います。でも観音様、この腕時計とは一体なんなのでしょう。故障して以来、気にしてはいませんでしたが本当にこんなことが現実に起こりうるものなのでしょうか?」


「それについては私が……」


 この声は謙信!?一体なぜ彼がこのことを知っているの?僕は気が動転しそうになる心をなんとか抑えて理性を保っていた。


「今まで黙っていた無礼をお赦し下さい。実はこのことは全ては夢なのです。あなたは夢を見ているだけで、腕時計というのは全ては夢物語なのでございますよ」


「……あなたは誰なのです?」


 すると謙信と思われる人物は姿を変えた。


「私は観世音菩薩……。この姿は仮の現れに過ぎません。私の正体を見破れないとはミロク。あなたもまだまだ、精進が足りませんね、困ったことです……」


 ……。


 やられた。


 一本取られた。僕は腰の力が抜けるようにへなへなと地べたに座り込む。そうか、そういうことだったんだ。


「私を試しておられたのですか、観音様。私にはあなたに対して言いたいことがですね……」


「しっ、その話は後で。今はこの状況を解決することに専念致しましょう」


 僕は、あの第六天魔王パーピマンの思惑を知るためにこの世界に来たのだと悟った。よくやったよ、僕は……。これで一休みできそうだ。そうして安心しきった僕は静かに眠気がやってきた。


 今日は、いい夢が見られそうだ……。

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