第18話

「おい、ミロクー、城下町へ来れば仕官できるって話はどうなったんだよぉ」


「そんなこと言ったって……人生にはうまく行かない事っていうのはたくさんあるんだよ!」


 僕たちは宿に泊まり続けて一か月が経とうとしていた。


甘かった。城下町さえ来れれば武将に会えるだなんて、夢のまた夢だったのだ。戦国の知識があるから何とかなると思ったのだが、まず武将の顔が分からない。本で見た肖像画だけでは誰が誰だか全く分からなかったのである。


それらしい人を見かける事はあるのだが、まず、話しかける事ができない。シャイな性格が災いしてか、いつも話しかける寸前で終わってしまうのである。


「おい、路銀がもうねぇぞ! 明日から一体どうするんだよ!」


「じゃあ、チカが話しかけてよ! 僕はもういいよ!」


 不貞腐れて眠ったフリをする。あーもうどうにでもなれ!呆れられただろうな……仕方ないだろ、無理なものは無理なんだもん。そうして僕は布団の上で泣いていた。


「分かったよ! 俺が話しかければいいんだな!」


 おう、できるものならな、僕はチカの冗談すら返す気にならなかった。この時代の庶民は全く気にならなかったのだが武士となると話は違う、身を守る為とは言え、刀とか差してるんだぞ……顔とかも凄いし、チカだって絶対無理なんだからね。


「ごめんください」


「この辺りに上杉謙信という武将は居りませんか?」


 こいつ!本当に話しかけやがった。しかも隣で寝ている人に!なんてこった。ちょっと待ってよ……。


「分かったよ、僕が対応すればいいんだろ、僕が悪かったよ、ごめんなチカ……」


「ん? 尼僧の方ですか? 私は天室光育という者です。どこの寺の者でしょうか? 上杉謙信とは一体どなたの事ですか?」


 すると隣で寝ていた人は意外にも僕が予想だにしない反応を示してくれた。僕は驚きのあまりチカに向かい尊敬のまなざしを向ける。君って奴はなんて凄い奴なんだ……これからはもう君を馬鹿にしない、僕が臆病でした、悪かった。君の言うことはこれから聞く様にする。全面的に反省します。だからこれからは宜しくお願いしますね。全く頭が上がらないよ……どれどれ、どんな人に話しかけたのか……。


……って、よく見るとお坊さんじゃないか、なるほどな……。


「えっと、ミロク、説明してくれよ」


 ミロク……。


「あなたの名前は弥勒と申すのですか?」


「あ、はい。私も在家の者でして、先祖代々、仏教の家系が続いているのです。いきなり連れが申し訳ありませんでした。未だ修行中で中途半端な身の上な者なのですが宜しくお願い致します」


 ……堂々としている。


天室光育は目を見開く……。


(この歳で?見た目は幼いが、妙な風格がある。名門な生まれというのも事実だろう……顔の血色がよく、綺麗な肌をしている。声も澄んでいて、目つきもどことなく慈悲を感じさせる目だ……)


 この若者に興味を持ったのか、話してみたい。天室光育はそう思った。


「失礼しました、実はあなた様に会わせたい人がいるのでございます。少しお付き合い願えますでしょうか?」


 ?


「え、ええ、私共は行く当てがなく流浪の身。あなた様の様なお坊さまに付き従えるならこの上ない喜びでございます、ぜひ、お付き合いさせて頂きとうございます」


 僕は付け焼刃で覚えたこの時代の精一杯の敬語を使い、この場を乗り切ろうとするのであった。

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