第一章 エピソード6〜遠雷の使者〜
十三日目。
生きる事を諦めていた私は、捕えられた村で処刑されると考察していた。しかし、人生というものは実に怪奇なものだーーーー。
生暖かい雨が降り出したのは太陽が登ってから暫くした後の事だった。辺りはすっかり明るくなるが気分はちっとも明るくはない。いくら気温が高くとも、もろに雨に打たれていれば体温を奪われてしまう。体温を維持しようと身体が勝手に震えだす。見えているわけではないが、おそらく唇は紫色になってしまっているに違いない。
しかし俺は、ダルルの老人に言われた別れの挨拶の事が気がかりでずっと考えていた。
(きっと…、今日なんだろうな。)
処刑される日がやってきたのだ。処刑された後は食べられようが何だろうがどうでもいい。つまりは、死ぬんだから。唯一の心残りが、愛する娘を見つけることができなかった事だ。
だが莉咲は生きている。土のギーアが俺の意識に入ってきた時に教えてくれた。「村の中に佑弥と同じ生命の色がある」らしい。俺は莉咲だと確信している。なんせ夢の中で、はなが「莉咲は大丈夫」って教えてくれたんだから。
今日は日出前から村人達が忙しなく走り回っている。まるで客人を迎えるかの様にそれぞれが掃除・整頓している。雨の降る中でだ。
俺の周りには果物や穀物が供えられていた。皆、口々に「セルボ、セルボ」と言っていた。セルボは確か日本語訳すると…「
しばらく頭を捻った後、俺はすべてを理解し、今までの行動に納得した。
「あー、なるほどなー。俺は生贄ってワケか。」
だから枷木が村の真ん中にあって、果物などで豪華に飾り付けられていて、捕虜の俺を清潔に保ってたワケだ。全てが繋がりスッキリした。
村人は俺に木製の足枷をはめて、枷木から首と両手を外す。俺は逃げる気も失せていたので、仕方なくその場に座り込む。
死に対する恐怖が無くなったわけではない。しかし以前と比べたら比較的に受け入れやすくなった、それだけの事だ。そりゃ、こんなにも自分自身を見つめる時間があればね…。
雨が弱まっていた。そして遠くの方の雲で雷が光った。…五、六、七、八。
ゴロゴロゴロゴロ!!バヂュゥゥゥウ!!
(今のは…そうだな、約三キロメートル程の距離ってところかな。)
意外と近かった。
雷の距離=音速三百四十メートル毎秒×聞こえるまでの時間。最近の子はどうかは知らないが、小学校で習う簡単な計算式だ。
方角はだいたい、俺が目覚めた丘の方からだ。何故だろうか村人達は絶望の色に顔を染めていた。過去の人間は自然現象を神格化する風習があったためか、村人達も神が怒っていると思っているのか…。
「ふふ」
嘲笑を含めて小さく笑った。
雨が止み濡れた土や植物の香りが村を包む。暫くすると…
バヂュゥゥゥウ!!
今度は何とも不思議な光景を目の当たりにした。
雷が地面から空に向かって放たれたのだ。そして、電気エネルギーを帯びた雲は再びゴロゴロと音と共に光る。暗雲は、より濃さを増して空に広がる。太陽の光が届かないほど厚い雲が空を覆った。辺りはすっかり暗くなった。すると…。
ヂュウウウン!!ピシャ!!パァァァァァァ!!
雷が落ちた。
落雷は先ほど地面から放たれたであろう位置に落ちた。それを皮切りに辺り一面に雷の雨が降った。ただ一つ、理解できないのは落雷源が徐々に村に向けて近寄ってくる訳だ。
…五、六バチン!!
…四、五バチバチ!!
…三、ピシャ!!
それの移動はとてつもなく早かった。五分もしないうちに落雷の雨は門前にまで迫っていた。すると、あんなにも激しかった雷が村の前でピタリと止んだ。
次の瞬間!!
バヂュゥゥゥウウウウウウン!!
「ワオーーーーーーーーーーーーーン」
落雷に混じって生き物の咆哮が聞こえた。
白く輝く大きな生き物が門を飛び越えものすごい速度で俺の前までやってきた。雷を纏った白い輝きを放つその姿は神々しく、それはまるで中国神話の
あまりの発光に全体を捉えることができなかった。眩しさに目を閉じて死の瞬間を待つ。
生暖かい息が掛かり、直後足元から頭までヌルヌルの柔らかく暖かい感触が走った。大きな舌で舐められたのだ。
このやり取りには覚えがある…。
もしやと思い、恐る恐る目を開くと…。
「ハァハァ、ハァハァ」
なんとチャリ丸がお座りの姿勢で尻尾ふりふりしていた。
「ちゃ…、チャリ丸!?」
「バウ!!」
纏っていた雷を解き、ピーンと伸びていた尻尾もクルンと巻いて、ニヤニヤした顔で舌を出していた。先程とは打って変わって、すっかり威厳のない姿に戻っている。
「お前が、御遣様だったのか!!流石に驚いたぞ。」
「バウ、クゥーン」
チャリ丸は申し訳なさそうに耳をぺたんと折り、反省のポーズを取る。俺はチャリ丸の首や耳裏をわしゃわしゃと存分にもふった。チャリ丸も満更でもなさそうな気の抜けた顔になりその場にゴロンと横になる。
チャリ丸は俺の足枷に目をやると、大きな前足で足枷を挟み、バヂュン!!と微弱な電流を流す。すると、見事なリヒテンベルグ図形(木の根の様な、雷の様な模様)が出来上がり足枷の木枠が崩れた。
(待てよ…。リヒテンベルグ図形って確か一万五千ボルトから二万ボルトくらいで現れる現象だったよな…。全然微弱じゃないじゃん!!)
それはさておき、再び助けてくれたチャリ丸に礼を言う。
「また助けてくれてありがとう。今回は本当にもうダメかと思ってた…。本当に…。」
想いが込み上げてきて溢れそうになる俺に、チャリ丸は「気にするな」と言わんばかりにベロンと一舐めする。
しばらくチャリ丸との再会を楽しんでいると、背後から声がした。
「御遣様!!」
いつぞや見た大きな老人が近寄ってきて、
「御遣様、今回…生贄…それ…。私達…その生贄…用意…した。どうぞ…お納め…。」
所々分からない単語があったが、どうやら推察通り、俺は神(チャリ丸w)への供物だったというわけだ。
チャリ丸は事を察してか、見る見るうちに眉間に皺を寄せて牙を剥き出しにする。
「Grrrrrrrrrrrワオーーーーーーーーーーーーーン」
ほんのりとした白い光が空から集まり出し、バチバチと電気が集まるのがわかった。チャリ丸は俺のために怒ってくれているのだ。何と心強い。チャリ丸は立ち上がり戦闘の体制に入った。
すると天よりスーッと、か細い光が一本、老人の正面一メートルの所に降り注いだ。
次の瞬間!!
バヂュゥゥゥウン!!
それはまるで神の裁き。ゼウスの槍を真っ直ぐ地面に向かって振りかぶったかの様な高速且つ高圧の雷の柱が落ちてきたのだ。ギリギリ老人には当たらなかったが地面を焦し、深く抉れていた。
「う、うわああああ!!」
ガタイの大きな老人から出たにしては甲高く情けない声だ。
後ずさりをしようにも老人は腰を抜かいし、その場から動けずにいた。
チャリ丸はドシン!と大きな足で地面を踏み締め一歩ずつ老人に近づく。Grrrrrrと喉を鳴らしながら威嚇している。
「やめてええええええ!!おじいちゃんにイジワルしないでぇぇ」
チャリ丸の落とした雷の音を聞いてか、広場の奥にある村で一番大きな住居から小さな子供が出てきて、そして大きな老人を庇う様にチャリ丸との間に入った。
「バウ!!Grrrrrr…。」
「お、おお、おじいちゃんはやくそく…まもったよ!!」
まわりの人はざわついていたが、その少女を止めることはしなかった。
「つきにいちどの、おやくそく!みつかいさまの、ごはんのひと、よういしたよ!おじいちゃんにイジワルしないで!!」
その小さな子供は異国語で泣き叫びながらチャリ丸に立ち向かう。
「ハッ!!」
栗色の髪と目、頭の後ろで一本に結び、カチューシャの様な髪飾りに白いベール、臙脂色の貫頭衣に紺色の腹帯。
衣服や髪形は違っても、あの髪の色、目の形・色、顔立ち、俺にはすぐにわかった。
「莉咲…。莉咲っ!!」
チャリ丸が再び攻撃しようと電気を集める。バチバチッと音をしながらチャリ丸の毛が逆立っていった。
だが、俺が莉咲に走りより抱き上げると事態を察したのか、いつものチャリ丸に戻って行った。
「りさぁ…りさぁ…」
俺は莉咲を抱き上げて、力の限り抱きしめた。そして涙が溢れた。
「ちょっと!!やめて!!あなた、だれ??みつかいさまに、なにしたの!!」
莉咲は日本語を話していなかった。
そして、どうやら俺の事を忘れている様だ。
ならば、思い出させるまでだ。
俺は涙を拭き呼吸を整えて、拙い異国語で莉咲に話しかけた。
※ZLM
「私…お前…父親。昔…探してる。見つけた。」
何日も前から探してる事を伝えるてみた。
「なにをいってるの。わたしは、おじいちゃんのむすめ。あなたなんてしらない。」
どうやら莉咲は俺の事を忘れてしまっている様だ。俺は覚えたばかりの単語で何とか意思を伝えようとする。
「お前…私…共に、異なる世界…来た。お前…名前…莉咲。私、お前…父…佑弥。」
「だから、わたしはあなたのことしらない。」
莉咲は俺から離れて老人の後ろへ隠れた。老人は立ち上がり、俺に近寄る。後ろからチャリ丸が唸り声で威嚇するため
「貴方はどうして御遣様と…。貴方は、大陸から来たのではないのですか?」
「私…大陸…知らない。お前…初め…謝罪。私…死ぬ間際。」
俺は濡れ衣を着せられていると考察した。だが、人として、まず初めに謝罪が先だろう。俺は本当に死にかけていた。生贄の捧げる先がチャリ丸じゃなかったら確実に死んでいた。
「だが貴方はこの村に来た時、この村を滅ぼそうとしたではないか。」
「んー。私…お前達…滅ぼす…しない。なぜ…考える、その様に。」
俺はここ数日で覚えた言語、名も知らぬ言語で精一杯コミュニケーションを図る。
「なぜ…お前思う、私…村滅ぼす?」
「貴方は以前この村の前で、村の方を指さした後、
確かに俺は以前、羽橋を下ろしてもらおうと指を指した後に、腹が減ったとジェスチャーで伝えようとしたが…、まさか…。なるほど、それであの時
「すまない…。その考え…間違い。私…故郷、腹触る事…空腹…意味する。えーと、私、村人…殺す…間違い。私…娘探す…旅の中。手伝い…欲しかった。」
確かに、村人を滅ぼそうとする人間を懲らしめるのは筋が通っている。俺は頭を下げて謝罪する。
「こちらこそ、本当に申し訳なかった。まさか御遣様お知り合いだったとは思ってもいませんでした。」
大きな老人はすまなそうに
「受けいれる。しかし…私…娘…何故…覚える…できない?」
確かに、死ぬ思いはしたがお互いミスコミュニケーションという事で、一旦忘れよう。それより、俺は娘が俺の事を忘れてしまった原因を聞いた。
「わたしは、あなたなんかしらないよ!!」
莉咲は大きな老人の後ろから顔を覗かせて、あっかんべーとベロを出した。
「感謝します。…そうですね、では暖かい食事とお洋服を用意しますので、それも含めて話ましょう。」
老人は立ち上がり足の埃を払うそして続ける。
「…あのぉ。御遣様は帰られないのでしょうか…。」
俺はチャリ丸の方を見た。
「バウ!!」
チャリ丸はプイとそっぽ向いて答えた。
「…と、言っている。」
「そうですか…。今回の捧げ物は彼の予定でしたので、他にも召し上がられるものはありませんが宜しいでしょうか?」
チャリ丸は老人の忠告を聞いてか聞かずか、老人の言葉を無視して勝手に村一番の建物に向かって行く。
周りで見ていた村人達は事の異常さに戸惑いつつも皆大きな老人の後に着いてくる。
そりゃ、さっきまで生贄だった人物が急に客人として持て成されるものだから、戸惑うのも無理はない。
俺は一団の最後尾でついて行くと、いつも話しかけてくれていたダルルの老人が近寄ってきた。
「兄ちゃん、やっぱり只者じゃなかったね!わしは信じとったよ!」
ダルルの老人はクシャッとしてから笑って何本か抜けた歯を見せながら笑った。
さっきも見たが、広場の奥には村で一番大きな竪穴式住居があった。住人が大きいので、入り口も大きかった。村人達はその合掌造りの家の前で俺の方をジーッと見つめていた。俺が彼らの言葉を理解できる様になった事を知ってるからか、野次を飛ばさなくなった。
住居に入るとそこには半地下の様になっており、
中は通気性がよく真夏でも涼しそうであった。間取りとしては広さ20畳ほどの大きなワンルームをイメージするとよい。入ってすぐ左側に
深呼吸をすると、藁と煙と湿った土の匂いが鼻腔中に広がる。田舎のばーちゃんの家を思い出した。
(元気かなぁ、ばーちゃん)
☻
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
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星を下さった
あなぐまろんてぃ様、ヨイヤミライヤン様、
応援ありがとうございます!!
コメントをくださった
柊木舜様、
とっても嬉しかったです!!星もありがとうございます!!
いいね、フォローしてくださった皆様
ありがとうございます☺︎
皆様の応援が活力になります。
よかったら次回も、読んでみてください!
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