陽を掲げた魔女
通告
『――皆様、昨日の占報には、偽りが混じっております。
人々の心を乱す、偽の報せが――』
「早速かぁ……流石はニシイの頭領、宣伝ってモンの重要性を弁えてるやがるねぇ」
昨日に続く、占報を告げる鐘の音に因り、広場に集まった人垣の中で、界気鏡を見詰めるソウタは、ニヤニヤと笑みを見せながらそう呟く。
「商売人ってのは、いかに機先を制するかが勝負だからね……まっ、こいつぁ"仕込み済み"のニオイもするが」
ソウタの横で、補足の色が見える独り言をしたのはオリエ。
彼女も、画面を見詰め、一人で話しをしている、画面上の妙齢の少女を指差してそう言った。
「この娘は確か、神官長様が養女にしておられたセリカ嬢――この娘を、偽神具の継承者に据えるとは……
自分が育ててきた娘までも、歪んだ権勢欲を満たすための道具にしようとするのですね……」
花柄の頭巾で顔を隠し、ソウタたちと共に占報を観ていたシオリは、セリカの側で演説を見守っている姿が映っている、トモノリへ嫌悪の眼差しを向ける。
クリ社に属する神職者は、基本的には男女問わず、結婚は認められておらず、ましてや、プライベートでの男女交際までもが御法度である。
まあ、望むとなれば"還俗"――つまり、神職から退けば可能となるので、別に大層な縛りではないが。
その縛りのもう一つの救済処置として、養子を引き取る事は可能――上級の立場で、年齢が上の神職者は大概、主に孤児院育ちの子を、養子に迎えるのが通例なのだ。
「まっ、
良い頃合いで来たらしいからね――"ソッチ"がさ」
ソウタは、ニヤニヤと笑ったまま、セリカの演説が続く界気鏡には背を向け、人込みを抜けて繋いでいた、テンの背にヒョイと跨る。
「そうだね、南コク軍が流洲の関に陣を敷き始めたって報せと、その南コク軍からの
「ええ、謀反一派と対するには……まず、このオウビに迫る南コクエの脅威を退けるのが、我らの頼みを聞いて頂いた、オウビの衆との果たすべき約定――そのための合議に赴かねばなりません」
ソウタを追う体で、同時に繋がれていた一頭にはオリエが飛び乗り、シオリはソウタの後ろへと跨って身を委ねる。
昨日は、この乗り方を恥かしがっていたシオリだったが、緊張感が伝わるこの空気のせいか、彼女は気にした様子も無く、ソウタの腰へ自然と手を回す。
『――大巫女の地位を狙った大神官シオリが、その美貌で当世刀聖様を篭絡し、このテンラク様とクリ社を我が物としようとしている事が全ての発端。
それを察した、士団の方々の行動は、謀反などと言うモノではございません――』
世界中に向けて、この様なレッテルを貼られた、彼女の屈辱を思えば――早く、この場から離れたい気持ちの方が、先に出ただけかもしれない。
「あっ!、ソウタぁ~んっ!」
「――げっ!、あちゃぁ……」
遠めに議場の門が見えた所で、艶っぽい響きで自分の名を呼ぶ声を聴いたソウタは、渋い顔して目を覆う。
(えっ!?、そっ、ソウタ様の、お知り合い……?)
ソウタの肩越しに見えた声の主の姿に、シオリは驚きを交えた反応をする。
その『驚き』の意味とは――満面の笑みを浮べてソウタの下へと駆けて来る声の主、ミツカのイロイロと隠しているべき場所が、時々見えてしまうほどに露出が激しく、かなりキワどい恰好の事を指している。
「ミツカ――その恰好で、走るのはよぉ……」
馬上のソウタが、赤面して戸惑っている事など構わず、ミツカは――
「んっ、もぉ~っ!、おフミ婆さんとは会っても、アタシには会いに来ないだなんて!」
――色香も醸す、走ったせいの喘ぎを混ぜた言い様で、自分の人差し指を咥え、頬を膨らませて上目遣いにソウタに抗議をした。
「……」
ソウタの肩越しに、その様を見たシオリは、真剣な眼差しをミツカの"イロイロな部分"を、黙って見やり……
(ソッ……ソウタ様は、こういう恰好がお好みなのかしら?)
――などと、自分の"イロイロな部分"と見比べる素振りをする。
「こら、ミツカ――ソウタは今、寄り合いのために来てんだよ!、いい加減におし!」
――と、困っているソウタへと助け舟として、呆れた様子でミツカを諌めているのはフミである。
「悪いねソウタ、おめぇに会ったと教えたら、付いて来ると聞かなくてね」
「だってぇ~っ!、レンちゃんをヨクセの姐さんのトコに連れて来た時だって、アタシたちとはご無沙汰だったんだよぉ?、もう、カラダが疼いてぇ……」
バツ悪そうに詫びるフミを他所に、ミツカは恥かしそうに身悶えをして見せる。
「ばっ!、バカっ!、誤解を招く様なセリフを吐くんじゃねぇっ!」
ソウタは、赤面の度合いを高め、ミツカの言い様に抗議する。
「ほらミツカ、会えたから良いだろ?
アンタは学がねぇ上に、議場には不釣合いな恰好なんだ……サッサと帰んな」
フミは、蚊でも払う様に手を振って、ミツカに去る事を促す。
「はぁい……ねぇソウタぁ、オウビへ居る内に、今度は必ず、アタシたちのトコに顔出してよぉ?」
ミツカは、フミの言う事を素直に聞き、ソウタにウインクをしてその場から去った。
「ふう――じゃあ、議場に入りましょうか」
ソウタが、そう言って下馬をシオリに促すが、彼女は去って行くミツカの軌跡を目で追い、戸惑った表情をしている。
(いっ、今の言い方だと……あのミツカさんという方は、ソウタ様と……
そっ!、そんなありえないわっ!、ソウタ様は刀聖という、"神聖な御立場"に居られる方!
きっ!、気軽に、だっ……"男女の交わり"などに、及ぶワケが……)
――などと、勝手な刀聖への清純なイメージを膨らませて、シオリは困惑していた。
「――シオリさん?」
「!、はっ!、はいっ!、では、参りましょう……」
心中が恥かしくなったのか、ソウタの問い掛けにシオリは狼狽して見せると、それを誤魔化す体で議場へ歩き出した。
「ん~?、なになにぃ~……――"恥かしき者どもへと告ぐっ!
この、皆々の大地たるツクモの、東端の地を長年に亘って不当に占拠し、街とは名ばかりの秩序無き無法地帯を形成して、我が物顔でこの皆々の大地を闊歩する、貴様ら恥ずかしき者どもを討伐するため、我らは共営社会の確立を旨とする皆導志七人衆に同調し、この地へとまかり越した正義の志に震える烈民たちであるっ!
だが、我らは、貴様らのような無慈悲な無法者には非ず――貴様らが蛮行を止め、我らの様に皆導志七人衆の考えに同調し、共営社会確立のために粉骨砕身!、滅私奉公する正しき者へと悔い改め様とするならば、その罪を免じ、同志の末席へと加わえる事を約束しよう。
しかぁしっ!、少しでも反目する様ならばっ!、貴様らが街と表する場には血の雨が降り、その地は焦土と化すであろうという忠告も加えておく――"……ってかい」
南コクエ軍の使者から届けられたという、通告文を受け取ったソウタは、芝居掛かった物言いでそれを朗読し、読み終わると不敵な笑みを漏らした。
「へっ!、言い回しこそは公者言葉でややこしいが――学のねぇ俺でも、要は"喧嘩を吹っかけて来てる"っては解かる
ソウタの朗読を聴き終えたチョウゴロウも、不遜な笑顔を見せ、キセルに煙草を詰め、フッと煙を燻らせる。
「けっ!、元からいけ好かねぇ連中だとは思っていたが、"詫びを入れりゃあ、仲間に入れてやる"だぁ?、
「一度でも、媚び諂ってやり過ごそうって思ったのが恥ずかしいね。
"恥ずかしき者"だって?、これほど馬鹿にされるとは思わなかったよ……」
カンキチは、表情を歪めて激昂し、フクは口をへの字に結んで、通告文を聞き終えた感想を述べた。
識字率が七割ほどであるツクモだが、オウビは大都市ではあっても、辺境の農村部並みに識字率が低く、せいぜい5割に満たない程度である。
十一人居る、この場の代議員たちに限っても、うち六名は識字が出来ない。
その六名は、ソウタが読み上げた事で初めて、通告文の意を理解したのだった。
「――で?、ヨクセのお嬢の指図で、流洲の関の様子を物見に出てたっていう、若造がコイツか?」
キセルを咥えなおしながらチョウゴロウは、議場の真ん中に座る若い男――サスケの顔を指差し、据わらせた目付きで、オリエに目配せをする
「ええ、サスケ――物見をして来て貰った、流洲の関の様子を皆の衆に教えな」
オリエがそう促すと、ソウタの姿をジッと見据えていたサスケは一つ、咳払いをして居を正し……
「――はっ、流洲の関には、既に赤地に黒の勾玉をあしらった旗を掲げる、約五千の軍勢が陣を敷いており、臨戦態勢を整えている状況でございました」
――と、眉間にシワを寄せながら、議場を見渡しながら現状を伝えた。
「五千、か……女子供やジジイ、ババアの戦えねぇ衆を合わせても、このオウビに定住してんのは、大体二万――」
「……その内、戦えそうなヤクザ者や傭兵の類を生業してる連中を抜き出すと、せいぜい一千ってトコか……ちっ!、コウオウ戦役や、テンラク様の騒動が無けりゃ、商隊護衛を目当てにもっと傭兵連中が居て、二千ぐらいにはなったんだろうにねぇ……」
オリエとフミは、胸勘定で戦力分析をすると、顔をしかめて悔しげに苦笑いをする。
「その戦力差を、どうにかするのが
ソウタは、読んでいた通告文の書状をクシャっと握り潰し、不敵な笑顔で皆を見据える。
この時、一端の戦闘経験を持つ、サスケとチョウゴロウだけは――ソウタが醸す、尋常ならざる殺気を感じ取り……
(これが――レンを援けたという、当世刀聖様の力の片鱗か……)
(ほう、こいつぁ……リュウジの言うとおり、ホンモノのバケモンだな)
――と、サスケはゴクリと大きな生唾を飲み、チョウゴロウは背筋を奔る怖気を誤魔化そうと、大きくキセルから煙を吸い込んだ。
「――で?、刀聖よぉ……その仕事の算段、どうなんでぇ?」
チョウゴロウは、キセルの灰をトンと落とすと、それを合図にソウタへ心中に抱く策を尋ねた。
「もっと、数を連れて来られたら、ちいと面倒かとは思ってましたが、五千で済ませて来たのはありがたい。
それ以上だと、流石にコッチにも結構な数の死人が出来ちまうでしょうし、鬼は鬼でも、俺は沢山殺したい
ソウタが、ポリポリと頬を掻きながら、そう返答すると――
「――はっはっはっ!、五倍の数が相手の"
チョウゴロウは、大口を開けて笑い、楽しげに自分の禿げた頭頂部を擦る。
「だが、そのイカれた事をやって見せる――だから、刀聖ってのは長ぇ間、お伽話みてぇに伝え語りされて来たんだもんな」
呆れ笑いを浮べながら、刀聖伝承の本質を突く物言いで、腕を組んでソウタに問い掛けたチョウゴロウに……
「――ええ、そのお伽話……目の前で、直に見せてあげますよ♪」
――そう、ソウタは楽しげに言い、ポンと傍らに置いた鞘を叩いた。
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