勧誘
「ギン~!、ただいまぁ~!」
タマが宿の部屋の襖を開け、部屋に入ると…ギンは紙を広げて矢を拵えていた。
「――おかえり、ん?、このニオイは……」
「よっ!、俺だ、ギン」
ソウタが、タマに続いて入って来ると、ギンはキョトンとした顔を見せ――
「……どうした?」
――と、朴訥に尋ねた
「いやぁ、俺も泊まるトコが無くてよぉ……偶然会ったタマに、そのコトを言ったら、アンタとの相部屋を取ってるから、なんなら――ってな」
ソウタは、照れた様子の言い方で、コレまでの経緯を説明する。
「――ねっ?、三人で宿代を割れたら、アタシはさらに宿代が浮くし、ギンはその分、食料を多く仕入れられるでしょ?、イヤ……かな?」
タマは、利をきちんと説明してから、ギンに意思を問う…
「ワリカンを言い出したのはお前だ、好きにすれば良い」
ギンは、それだけを言って、削り終えた矢を背負い籠に仕舞う。
「――よしっ!、じゃあ問題無いね!、さっ♪、ソウタ、座って、座ってぇ~!」
タマは、嬉しそうに座布団を差し出して、ソウタに着座を促す。
「じゃっ、遠慮無く……」
ソウタは、ホッとした様子で腰を下すと、"やれやれ"とでも言う様に――
「――ホント、助かったぜ。
さっきまでは"御所"、寝床は野宿となりゃあ……情けなさ過ぎるからなぁ」
――と、無意識に、どこに行っていたかのかを吐露してしまう。
「えっ……?」
「――ん?、御所……?」
亜人種2人は、ソウタの口から思わず出てしまった、爆弾発言に鋭敏に反応し、一斉に視線を彼に向ける。
(――っ!!!!!!!、やべぇ!)
ソウタは、口を抑えて、二人の顔を交互に見詰める。
「……やはり、ソウタが会いに行ったヒトとは、やんごとなき立場の女性だったか」
――と、ギンは顎に手を置いて、ソウタの発言からそう邪推する。
「――えっ?、何でそうなるの?」
タマは、興味深々にギンへ尋ねる。
「――ちょっ!、ちょっと待て!、お前ら……っ!」
――と、ソウタは、2人の間に割って入るが――
「――わざわざ、正装に近い着物を召してから、伺うという事は……少なくとも、民者や流者の類ではないだろう?
だから――"それなりの地位に居る公者"だと思ったのさ」
――彼の制止に構う事なく、ギンはその女性の正体に関しての考察を述べた。
「あ~っ!、確かに!、ソウタ――正解?」
――と、タマは膝を打って、ソウタに真意を改めて問う。
「うっ……」
言葉に詰まるソウタに、2人の鋭い目線が槍の様に突き刺す。
「――わかった、話すよ。
どうせ
ソウタは、そう言って身を正し――
「俺が会いに来たのは――皇様だ」
――意を決して、その正体を明かした。
「……ふ~ん」
「ほぉ……」
――と、二人は意外にもアッサリと、ソウタの告白に静かに応じた。
ソウタが言った"
それは、二人は何れも秘境とも言える場所に生まれ、
「確か――"皇"って、ヒトの族長……だよね?」
――と、タマは素朴にそう問うた。
ツクモ世界の宗教は萬神道だけであり、それに強い影響力を持つのが、アマノツバサノオオカミの子孫とされている"皇"と、萬神道の全体を司っているクリ社の長――"大巫女"の二人の女性である。
だが、降臨伝承よりも前から、ツクモに原住していたとされている各亜人種――特に、ヒトの文化との関わりが薄い種族であったり、タマたちの様な環境で育った者にとっては、皇や大巫女への畏敬の念はほとんど持たないため、一般のヒトに対してと大差無い感覚なのだ。
せいぜい、タマが言った様に、あくまでも"ヒトの文化に関する知識"の一つでしかないのである。
「族長――ってのは、ちょっと違うが……まあ、ハズレでもないな。
その方が解り易いなら、そう思ってれば良いさ」
ソウタは苦笑して、タマの問いにそう答えた。
「――で、だ。
このコウオウに――スヨウが、戦争仕掛けようとしてる事は知ってるよな?」
「ああ、オウビに居た時、占報というモノを観た」
ギンは、腕組みをして、ソウタの問い掛けに頷く。
「――その戦争の原因に、スヨウが挙げたヤマカキ村での虐殺事件に……俺も、一枚噛んでいるんだよ」
「――っ?!」
「えっ……!?」
ソウタから聞かされた、衝撃の事実に、亜人種二人は顔色を変える。
「お前の腕なら、殺れるかもしれないが……理由はなんだ?」
――と、ギンは険しい表情でソウタを睨み、タマはギュッと拳を握り、口を真一文字に結んでソウタを見詰め――
「――母さんは言ってた。
お金貰って戦う……"誰かを殺す"のが、傭兵の仕事だけど、どんな大金を積まれても、引き受けちゃいけないのは――"戦う気が無い、戦えない誰か"を、殺せって言う仕事だって!」
――目線に嫌悪を纏わせ、握った拳を震わせている……
「――おいおい!、村人を殺ったのは俺じゃねぇぞぉ?!、俺が殺ったのは、村を襲ってたスヨウの警備隊の方だ!」
どうやら、勘違いしている様な二人に、ソウタは慌てて弁明する。
「ん?、では――」
「――ソウタは、村のヒトたちを助けた……ってコト?」
ギンとタマは、列なる様にそう問い返す。
「ああ、助けられたのはたった一人……だったけどな」
ソウタは、口惜しそうにそう言って、深く頭をうな垂れる。
「あの事件の真相を、ちょいと昔から縁がある皇様に報せに来た――それが俺の、ココに来た理由なのさ」
ソウタから、話を聞いた二人は――
「――そうだったのか」
――と、一言だけ言ってギンは、矢を削る作業を再開し――
「――なぁ~んだ、つまんない~!
族長だったら、きっとお婆ちゃんでしょ~ぉ?、彼女じゃないじゃん!」
――と、タマは頬を膨らませて、不満そうに先程買って来た菓子に手を伸ばす。
「……ほぅ~ら、やっぱりおめぇらになら、話してもそんな反応だろうと思ったよ
タマ、俺にも菓子を一個くれ――あっ、ちなみに、今の皇様は、俺と同い年な」
今生の皇の年齢を聞いて、タマの目の色が変わる。
「えっ!、ホント?!、じゃあ……やっぱり、ソウタと"イイ仲"だったり?」
「――バカ!、そんなワケねぇだろ!、お前……その手の話に飢えてるのかぁ?」
ソウタは、呆れた様に苦笑して、タマの菓子袋から一つくすねる。
「うん!、飢えてる!、だって、コケツって――"女だけ"の村でしょ?
だからぁ、村ではね?、ヒトの行商さんが来たら、恋愛モノの絵巻や草子は、飛ぶ様に売れちゃうんだよぉ~!、実際にそんな経験した事無いから、みんなすっごくキョーミあるもん!
アタシだって、絵巻を読むために、ヒトの文字を頑張ってベンキョーしたしっ!」
――と、タマは興奮気味に説明し、ソウタの顔を爛々と見詰める。
「ねぇねぇ、その族長――スメラギだっけ?、そのヒト……綺麗?」
「えっ……まぁ、美人――だとは、思うぞ」
ソウタは思わず、実は心に秘めていた、サトコの容姿についての感想を吐露してしまう。
これを、サトコが聞いていたら……いや、止めておこう。
「ふ~ん……そうなんだぁ。
ねぇねぇ!、会わせてよぉ~!、直に観てみたい~っ!」
――と、タマは驚きのわがままを言い出した!
「はぁ?!、お前……やっぱり、俺の話を理解してねぇだろ?!、興味だけで、会えるワケがねぇだろうが!」
ソウタが本気で怒り出す様を観て、ギンも矢作りの手を止め――
「――タマ、それはソウタの言うとおりだぞ?
――と、解り易そうな解釈も加えて、タマを諭す。
「うっ~!、ソウタは、二日も続けて会えてるのにぃ~!、ホントに美人かどうか、観るだけでも良いんだけどなぁ?」
タマは口を尖らせて、ガッカリした様で足を投げ出す。
「まあ、姿を観るだけなら、きっと、義兵隊の発足式に――」
ソウタは、そう言い掛けてから……それを聞いている、ギンとタマの顔を見て、何かを思いついた表情をする。
そして、ソウタはニヤッと不敵な笑みを造り――
「ギン――お前、セイクに戻るのはいつだ?、いや、戻るのは……急ぐのか?」
――と、急にギンのこれからの予定を聞いてきた。
「なんだ?、そんな藪から棒に……」
なんだか、アヤしいソウタの問いに、ギンはあからさまに警戒する。
「良いだろぉ~?、一緒に護衛をした、よしみで教えてくれよぉ~!」
ソウタは、懇願するポーズまでして、ギンに再度、予定を問うた。
「急いでは……いないな…
お前たちを観ていたら、どうせ独り身だし、獲物が森に集まり出す季節まで、あちこちを旅して見て回るのも、悪くはないかと思っているぐらいだしな」
それを聞いたソウタは、さらにニヤッと、アヤしい笑みを強めて――
「――なら、俺と一緒に、コウオウの傭兵に加わらないか?
もちろん、タマもだ――発足式には、間違いなく皇様も出席するぞぉ~!」
――と、二人を義兵隊の加入に誘った!
「えっ?!、それホント!?、募集するの!、傭兵仕事!?」
傭兵組織出身のタマは、色めきだって喰いついた。
「ああ、修行中とは言っても、お前は充分に働けると思うぞ?
手合わせしたモンとして、太鼓判を押してやる」
ソウタは親指を突き立て、それをタマに向ける。
「うんうん!、アタシ、傭兵やるよ!、コケツの者として、傭兵仕事は修行や練習にもなるしね!
それに――えへへ♪、直ぐにまた、ソウタと仕事が出来るんだね!、とぉ~っても嬉しい!」
タマは、飛び跳ねそうな勢いではしゃぎ、ニッコリ笑ってソウタの手を握る。
「ギンは……どうだ?」
ソウタは、少し不安気に、ギンの返答を待つ。
「――お前たちと居ると、俺も何だか楽しいからな……わかった、その話、乗らせて貰う」
ギンも、力強くソウタの手を握って、彼は静かに黙したまま頷いた。
「よぉ~しっ!、よろしく頼むぜ!、二人とも!」
ソウタは二人の手を側に寄せて、自分の手も含め、ギュッと握り合った。
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