手合わせ
「――勝負は、先に一本を入れた方が勝ち。
殺し合いになるワケにはいかねぇから、お互い
トウベイは、ソウタとタマの間に立ち、ノリノリで手合わせのルールを示す。
「――うん、それで良い」
ストレッチをしながら、そう言ったタマも、口元を緩ませていて、なんだか手合わせの指示を待ちわびていたかの様に、楽しげに身体を動かしていた。
「――ったく、トウベイさん、昼飯の余興が欲しいだけなんじゃねぇの?」
ソウタは顔をしかめ、辺りを囲む護衛衆や荷役などの商隊員たちに、顎を向けてそう皮肉った。
「わはは!、バレてるか。
まあ、そう言わずに付き合ってくれや」
トウベイは、笑いながらそう言って――
「――ほらほらぁ~!、張った張ったぁ!
ソウタは二倍!、嬢ちゃんは三倍だぞぉ~!」
――と、トウベイの音頭で皆、勝敗の賭けに興じ始め、彼は着物の懐へ小銭を集めだした
「――しゃーねぇ、やるか!」
ソウタは、スッと刀を抜いて、持ち手を返して峰の方を向けた。
「お前……武器は?」
ソウタは、先程から武器を用意するのではなく、ストレッチに終始しているタマへ、不思議そうに尋ねた。
「ん?、アタシのエモノは――コレ!」
タマが、ニヤッと笑って、左右の拳を合わせると――
――ガキンッ!
――と、金属がぶつかる音がした。
「――"手甲"か、てぇコトはお前……"
"無手"とは、ツクモにおける徒手空拳――いわば、格闘技の総称である。
「うん、同じく傭兵だった母さんが、アタシに合ってるのは無手だろうって、イロハを教えて貰ってね」
ストレッチを終えたタマは、ゆっくりとファイティングポ-ズに似た構えをして、両足で小刻みにステップを踏み出した。
「――よ~しっ!、二人とも、用意は良いかぁ~?」
また、二人の間に立ったトウベイは、小銭で重そうな懐をジャラジャラと鳴らしながら、審判を気取って両方に手をかざす。
「――ああ」
ソウタは、ぶっきら棒にそう応え――
「うん――いつでも良いよ!」
――タマは、何か楽しげに、ステップを踏み続ける。
「――よしっ!、始め!」
トウベイが手刀を切り、二人の間から離れるのを合図に、手合わせは始まった。
(――さぁて、名高きコケツ衆ってのは、一体、どの程度……)
――と、ソウタがそう思いながら、タマの動きを値踏みする様に凝視していると、ステップを踏み続けていたタマが、ユラユラと上半身を揺らし始め――微かに、足音が鳴るのと同時に、ソウタの目線からタマの姿が――消えた!
(――!?)
――ガキンッ!
次の瞬間っ!、タマの左正拳突きと、ソウタがとっさに振るった刀の峰が、彼のみぞおち付近で衝突した!
「――くっ!」
(……ありゃ?)
拳を受け流した形のソウタは、刀身に力を込めてその拳を押し止め、タマは怪訝な表情でその様を見詰め、直ぐに拳を引き、一旦、後退して距離を取る。
ソウタも、タマを追おうとはせず、構えを整えて彼女の動向を伺う。
(こいつ――っ!、マジで"沈めるつもり"の一発じゃねぇか!)
ソウタは、険しい表情で、タマを見据えて睨みつける。
(――"コケツ最強"って呼ばれてる母さんにだって、三発中一発は入れられる、アタシの正拳を……"初見で"受け止めたぁ?!
この"
一方のタマは、今の衝撃で痺れが残る自分の左手を見据え、顔色を変える。
その一連の邂逅を観ていた、トウベイたち
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
――と、歓声が起こった!
その最中に居るトウベイは、ゴクッと一息に唾を呑み込んで――
「――こりゃあ、トンデモねぇ"掘り出しモン"を、拾ったのかもしれねぇな……」
――そう、つぶやき、ニヤリと笑みを見せ、冷や汗も一滴垂らしながら、二人の相対を見渡す。
(――母さんが言っていた様に、村の外には、強いヒトがホントに居るんだぁ♪
やっぱり、世界は広いっ!、修行の旅に出て良かったぁ~!)
タマは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、先程までの軽やかなステップを止めて、重心を低く構え、大きく地面を蹴って駆け出し、再びソウタへ襲い掛かる!
今度は、拳と蹴りの連打――!、しかし、それらを全て、ソウタは刀の峰でサッと弾き返す!
(くぅ~~~~っ!、なんか、ムカツク対応ぉ~~~っ!)
嘲笑うかの様に、黙々と攻撃を受け流すソウタの姿に、ラチが開かないと踏んだタマは、身体を大きく捻って、上段からの回し蹴りを放つ!
――その時!、ソウタは流水がたゆたう様に、その蹴りをゆったりと避けると、素早くタマの背後に回りこみ、がら空きの背中へ向けて刀を振り下ろす!
誰もが、タマがその一撃で敗れるだろうと思った――だがっ!、紙一重の位置取りで、その一撃を避けたタマは、早々に身を翻し、慌てて距離を取ろうと大きく後退した。
「ふぅ~~~~っ!、危なかったぁ~っ!」
――と、ちょっと大袈裟に声を張り上げ、タマはつぶやきながら構えを取り直す。
――これが、"猫族特有の能力"――並外れた、"空間認識力"である。
ネコが、髭をアンテナにして、高感度に空間を認識している様に、猫族に髭こそは無いが、それと同等の高い空間認識能力を有しているのである。
(ちっ!、猫族には、それが有ったかぁ~!)
ソウタは顔をしかめて、悔しそうに柄を振るって、刀身をダラリと下げた。
(――だけど、そろそろ決めねぇと出発時間が近ぇし、時間切れで引き分けで終えるのは……流石に、俺もシャクに触る!)
そう思ったソウタは、ダラリと下げた刀身を、スッと後ろに下げ、強く地を蹴って、彼は一足に攻勢へ転じた!
(来る――っ!)
そう察したタマが、低いソウタの姿勢から、下段に構えを取ろうとしたが――
「――えっ?!」
――その、高感度な空間認識能力が次に感じたのは、もう、既に構えの内にある、ソウタの刀の切っ先だった!
(えっ!!!!!、ウソ!?、速――っ!?)
――トンッ!
ソウタは、"寸止め"で切っ先を止め、峰の部分でタマの二の腕を撫でて見せた。
「一本――だな?」
ソウタは、一言だけそう言って、目線をトウベイの方へ向ける。
「!、それまでぇ~!、ソウタの勝ちだぁ~~っ!」
トウベイがそう叫ぶと、皆が一斉に、どよめきと呼ぶ方が適当な歓声を挙げた。
それが合図だった様に、ソウタはゆっくりと刀をタマの身体から遠ざけた。
「――ぷっはぁ~!」
ソウタが攻勢に転じた数秒の間、息を止めていた恰好となっていたタマは、大きく一息吐き、そのまま膝を曲げてへたり込み、上目遣いにソウタの瞳を覗き込む。
「アンタ……強いねぇ~!」
タマは、そう言って、へたり込んだまま、清々しい笑顔でソウタを見上げる。
「――お前もな」
ソウタは、一言だけそう言って、タマに手を差し伸べた。
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