Episode27.優しいひと
「で、────僕に何を頼みたいのかな?」
おちゃらけているように見えるけれど、時折こちらを見透かすような鋭い目をすることがある。
それに気づいたのは、ロサミリスが事務部で働くためにジークを説得した時だ。オルフェンは凄みのある声で詰め寄り、ジークの意見を封殺したのだ。
(下手な事は言えない。上手く立ち回ろうとするのも悪手だわ)
呼吸を整え、口を開く。
緊張を気取られぬよう声の張り方に重きを置いて、ロサミリスは言葉を放った。
「今から言うわたくしの話を、どうかよく聞いてくださいませ。わがままを、叶えてほしいのです」
一つ一つ言葉を確認しながら、ロサミリスは己の身の内を打ち明けた。
六回死んだ記憶があること、前世と似た境遇を辿っている事、そしてジークが魔獣に襲われるかもしれないということ。
ただし、〈呪い〉に関することは全て伏せた。六回分の〈呪い〉はもちろん、〈腐敗〉を宿す可能性はかなり衝撃的な内容だ。もちろんオルフェンの口が軽いとは思ってない。これはほとんど、ロサミリスの心情的な問題だ。
(溜め込んでいたものを話すと楽になるって聞いたけれど、嘘でしょ。全っ然楽にならないわ、むしろどっと疲れが押し寄せてきてるじゃないの)
慣れない。
本当に慣れない。
自分の弱い部分をすべて曝け出して丸裸になったみたいで、むずむずする。
「ジーク様を魔獣の危機から救いたい。でも、わたくし一人の力では足りませんわ。わたくしは……なんの力もない。サヌーンお兄様みたいな賢さも、ジーク様みたいな強さも、オルフェン様みたいな人を惹きつける天性の才も何も……。人に頼ることしか出来ないわたくしの事を、弱い女だと思われるのならそれでも構いません。拒絶しておきながら何様だと思うのなら、どうか罵ってください」
「…………」
「代わりに、わたくしに出来る事なら何でもしますわ。こんな小娘に何が出来るんだって話ですけれど、努力いたします」
憎まれても文句は言えない。
誠意が見えるようにロサミリスは深く頭を下げた。
「ジーク君には話したの?」
「ジーク様には…………まだ」
「そっか」
「……なぜ嬉しそうなんですの?」
「えー? 僕うれしそーに見えるー?」
「とてつもなく」
冗談っぽく言うオルフェンに、少しだけ心が救われる。
戸惑うわけでも、気味悪がるわけでもない。いつも通りのオルフェンとして、特別視はしてこなかった。それはロサミリスにとって、とても嬉しい事だった。〈呪い〉にしてもそうで、この事は否が応でもロサミリス自身を《特別》にしてしまう。
必ずしも《特別》は、幸せな未来をもたらさない。
むしろ不幸であることが多い。
普段通りに接してくれたオルフェンに、例えようがない安堵感を覚える。
「君の秘密を最初に知ったのが僕で、嬉しくないわけがない。たとえ後でジーク君も知ることになったとしても、深い部分を知れた最初の人間になれた。とっても名誉あることだよ、僕にとってはね」
「オルフェン様……」
「君の話は信じる、出来る限りの協力もするけど、こう見えて僕はがめついんだ。タダって訳にはいかない、条件を呑んでもらうよ」
「え……」
「何その嫌そうな顔」
「だってオルフェン様の条件って嫌な予感しかしないんですもの。何でもやるとは言いましたので仕方なくやりますが、淑女に変な事をさせないでくださいね」
「ねえ君さ絶対に良からぬ想像してるよねっ!? 君僕を今までどんな目で見てきたの!? 女の子にモテるからって取っ換え引っ換えなんてしてないしこれでも一途なんだよ!? そんな事しないよっ!?」
「……変態」
「だから違うってばっ!?!?」
ひとしきりオルフェンをいじり倒した後、ロサミリスはふぅと息を吐きだす。
オルフェンは小さく笑った。優しい笑みだ。
「条件はおいおい。今の騒動が終わってから話すよ。あと君の話はもちろん信じるよ。
危険なA級魔獣の捜索を続行しようにも、頻発する下級魔獣の対処もしなければならない。
最低限の調査はその後もされただろう。
でも、慢性的な人手不足のせいで打ち切りになった。
「いまのところ、情報といえばそれくらいかな。ごめんね、大したことなくて」
「親身に話を聞いていただけでも、一歩前進です。ありがとうございます」
「残業もエルダさんも大変でしょ」
「言うほど大変じゃありません。残業は若いので大丈夫ですし、エルダ先輩のような方は慣れてますわ。あと、セロース先輩がとっても良い方ですので、本音を言うと楽しいです」
「それは良かった。じゃあ、ロサミリス嬢の護衛は頼んだよジーク君」
事務部へやってきた
部署長や他の事務員は帰っており、残っているのはロサミリスとオルフェン、セロースだけ。持ち帰る予定だったケーキをつまみ食いしていたセロースは、突然やってきたジークに驚いて喉を詰まらせている。
美味しいからって口いっぱいに放り込むからですよ。
セロースの背中をさすりながら水を飲ませる。
落ち着くのを見定めて、ロサミリスはジークを見つめた。
「迎えに来てくださったのですか……?」
「ああ。ラティアーノ伯爵家の馬車が停留所に停まっていたからな。こんな遅くまでかかるとは思っていなかったから、心配した」
そう言って、ジークは
「ここまでとは聞いてないぞ」
「待ってくださいませジーク様。これには事情が」
「事情は大体察している。騎士団の忙しさも分かる。……だからといって、婚約者を深夜まで職場で働かせるわけにはいかない」
ジークはロサミリスをとても心配していた。
それが伝わってくるからこそ、ロサミリスは歯がゆい思いをした。
「おまえだからロサを預けたんだぞ」
「分かっておりますとも。じゃあジーク君はロサミリス嬢を、僕はセロース嬢を送っていくから」
完全に蚊帳の外だと思っていたセロースは「はい!?」と素っ頓狂な声をあげていた。
ジークは深緑の瞳に力を込めた。魔力を帯びて瞳が爛々と光り輝く。
「おぉ怖い怖い、男の嫉妬は醜いねぇ。じゃあ夜道に気を付けて、またね、ロサミリス嬢」
「あ、でもまだ仕事が……」
「あんな激おこジーク君を目の前にしてそれは禁句」
唇に人差し指を添えるオルフェンの言葉に、ロサミリスはちらりとジークを見る。
(確かにそうね……)
普段は物静かなだけに、オルフェンには遠慮という文字がない。
仕事は明日の早朝から取りかかれば何とかなるだろう。
ロサミリスは大人しく帰ることにした。
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