第7話 動けるデブ
ベイは赤龍などの各地の馬牧場で勧誘活動をし、牧場主が従えば仲間に引き入れ、従わなければ馬だけ盗んでいくというやり口で勢力を増やしつつあった。
そんな折、ある馬牧場に差し掛かると、その牧場は今までのものとは様相が異なっているのだった。
柵が三重にも張り巡らせ、容易に侵入できそうにもない。
一番内側の柵の後ろには高めの土塀が作られており、穴があいている。
「
「了解!」
勢いよく柵の周りを馬で駆け出したのは桃豹という男だ。
彼は最近一味に加わった牧人だった。
桃豹は、郷里で「自分は曹操に仕えた在野の豪傑たちのようにいつか栄達するのだ」と周囲に盛んに語って煙たがられて燻っていた。そこで義勇兵の話を聞き、喜び勇んで参加したのだった。
桃豹は柵の切れ目を見つけ入っていった。一重目の柵をぐるりと回ると二重目の柵に入る。
「なんてこたあねえ。ぐるぐる回れば入れるぜ……うわっ!」
桃豹は土塀の穴から投げつけられた網に絡められ転倒してしまった。
桃豹の手下の牧人達が慌てて助けに入るが、次々と土塀の上から網を投げつけられ、団子のようになってしまった。
いつの間にか、土塀の上には陽光に照らされた何者かの影があった。
「やい、盗賊ども。私の牧場に何のようだ。お前らにくれてやれるのは、この
その横に大きな影を見たベイ達は口々にこういった。
「デブだ」「太ってるなぁ」「ブタちゃんがなんか言ってるぞ」
支雄が矢を射掛けると、太った男は三叉の槍をぐるぐる回転させて素早く打ち払う。
孔萇はふわりと土塀から飛び立つと、重力に逆らうかのように三重の柵を全て飛び越えて降りてきた。ものすごい跳躍力だ。
「デブはデブでも動けるデブ、“
三叉の槍を自在に操り、一味の槍や鉾を絡めて弾き飛ばしてしまう。
ベイが石氏昌を抜いて、応戦する。勝負は互角だ。
三叉の槍を弾き返しながら、ベイは言う。
「俺達は盗賊じゃねえ!話を聞け!」
孔萇は三叉を回転させると套路のように軽妙な見得を切るのであった。
◇
「残念ながら断わらせて頂く」
「ええっ?完全に仲間になる流れだったじゃん!」
孔萇はベイを自室に迎え入れ、義勇兵の勧誘を受けたが、その結論がこれだった。
孔萇は自分でベイに出したお茶菓子に手を伸ばした。
「食べないなら私がいただくが、いいか」
「どうぞどうぞ」
孔萇は菓子を食べ、茶をすすると言った。
「司馬氏に未来を感じない。司馬穎だろうが司馬越だろうが、誰についても変わらない気がする。国中を巻き込んで兄弟喧嘩に没頭する阿呆どもだ。本気であの中の誰かについていこうとするやつの気が知れない。……失礼、言い過ぎたな」
ベイは孔萇の話を聞いていて嬉しくなってきた。
「そうかそうか、あんたもそう思うか!俺もそう思ってたんだよ!」
「ええっ?司馬穎を救うための義勇兵とかいうくだり、何だったんだ?」
ベイはゴミを丸めて放るような仕草をした。
「そんなものは口実だ。お頭はどうだかわからないがな。だが、俺にとっては、義勇兵はデカい事をやるための足がかりに過ぎない」
「デカい事ってなんだ」
ベイは頭をポリポリかいた。
「デカい事だよ、とにかく!」
「おい!そんなフワッとした事のために、私が手を貸すと思うのか」
「貸すさ。智謀もあって、腕も立って、だのにこんな牧場で一生くすぶって終わるなんて、考えられねぇぜ」
図星だったのか、孔萇は黙り込んでしまった。
「明日、また来る。それまでに考えておいてくれ」
ベイは柵をぐるぐる回って外に出た。振り返ると、土塀の上に孔萇の姿があった。孔萇は再び跳躍し、ベイの前に降り立った。
「フッ、この孔萇、ベイ殿とともに大事を成そう」
ベイは孔萇の手を固く握った。
「歓迎するぜ!おい、みんな!今夜は宴だ!料理をじゃんじゃん持ってこい!新しい仲間の腹を鳴らすんじゃあねえぞー!」
これが、後に趙国に名を轟かす孔萇との出会いであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます