第30話「ヨミの配信について津辺と話した」
今日は珍しく朝早くから目が覚めてしまった。しゃーない、早いけどアップロードしておくか。
俺はカレンダーを確認して授業で指名の来る日ではないことを確かめる。うん、確かに今日は予習はそこそこしているし大丈夫だな。
俺は珍しく家族で朝食を食べようかと思ってキッチンに向かった。
「おはよ、良子」
「おはようございます、お兄ちゃんがこの時間に起きるなんて珍しいですね」
失礼なやつだな……
「俺だってたまには早起きするよ」
というか良子も昨日のヨミの配信でレスバをしていたはずなのだが平然とした顔をしている。俺とは身体のつくりが違うのではないだろうか?
「じゃあお兄ちゃんも珍しく起きたことですし朝ご飯にしましょうか」
「そうだな」
そうしてキッチンに入るとトーストを忙しそうに食べている両親がいた。二人ともスマホでニュースをチェックしながら食べているのでお行儀が悪いと言われるようなことは無い。
トースターに俺と良子の食パンを突っ込んで焼いた。
「お兄ちゃん、またあのクソマズジャムを使うんですか?」
「マーマイトのことクソマズジャムって呼ぶのはやめろよ、イギリス人に怒られるぞ」
「ウチの英語教師はオーストラリアから来てるので大丈夫ですよ」
「そうか、じゃあベジマイトを叩かないように気をつけろよ、アレでも国民食だからな」
チン
ベルが鳴ってトースターがトーストを吐き出したので俺は冷蔵庫から出したマーマイトを塗って食べた。良子がコイツマジかよという顔をしているが一々気にしていない。普通にイチゴジャムを使って食べている良子には一生分からない味だろうな。
そしてトーストを水で飲み込んだ。
「文田と朝食を食べるのも久しぶりだな」
父さんがそう話しかけてきた。まあいつも遅めに起きているからな。
「あなた、文田だってたまには真面目に起きることくらいありますよ」
さりげなく俺の事を貶す母さん、二人のことは放っておいて俺は自室に戻った。着替えをすませ、PCのメールをチェックする。分かりきったことではあるのだが俺の作品に書籍化の打診などを知らせるメールは来ていなかった。分かっているのにやってしまうのは淡い希望が見えているからだ。いっそ希望など無ければこんな事をしなくて済むのにと思ってしまう。
時間があったのでついでにアクセス解析も見ておこう。
「やっぱヨミの配信が終わったらPVが一気に落ちてるな……」
残念な話ではある。読んでくれた人は多くが『ヨミが紹介していたから』読んでいたのだろう。その読者をつなぎ止められなかったのは悲しいことだ。
ひとしきり解析も見終わったし学校に行くか……
鞄を持って家を出る。両親と良子は俺が昨日の成果をチェックしている間に出て行ったようで、結局俺が最後に鍵を閉めることとなった。
登校していると俺と同じ陰キャオーラを出している見慣れた背中が見えた。
「よう、何かあったのか?」
津辺にそう尋ねると『昨日はレスバになってな……』と答えが返ってきた。
「さすがのお前でもレスバは疲れるのか?」
「さすがのってなんだよ……別にレスバは平気だけどそれでヨミちゃんが悩んでいるのが悲しくってな」
配信者のことを一々気にしていたのか……あの包装で大半のリスナーはヨミの信教なんて気にしていなかったぞ。
「まあ多分ヨミは神経が太そうだしあの程度の事で一々堪えていないと思うぞ」
「そんなわけねえだろ! ヨミちゃんは傷ついているんだよ!」
くだらない話に一々傷つくようなやつではないと思うのだが……本人を知らんので何とも言えないがな。
「せやな、ヨミちゃんは傷ついてるよな」
棒読みで同意しておいた。コイツは心底俺の作品に興味は無いのだろうし敵対するつもりも無い。ヨミの信者であってもここまで一貫していれば立派なものだ。
「だろう? 甘い評価を下したからって叩くのはひどいやり方だよな?」
甘い……ね。つまりは津辺も作品については
「そうだな、ヨミちゃんの言っていることは全て正しいよ」
考えても無駄だと思って流した。自分の作品の評価は知っているが、どうにもならないような気はした。
「なあ津辺……ヨミ・アーカイブの最近の配信についてどう思う?」
津辺は少し考えて答えた。
「そうだな……最近はブンタの作品が多いよな、まあ権利者削除するやつが悪いんだろ」
「権利者削除は悪、か」
当然と言った顔をして津辺は答える。
「当たり前だろ? ヨミちゃんの配信を狙い撃ちしているんだぜ? MeTubeを見て見ろよ、合成音声で全文読ませているようなチャンネルだってあるんだぞ? ヨミちゃんは引用の範囲内でやってるだけ可愛いものだよ。少なくともそういうチャンネルを無視してヨミちゃんを狙い撃ちするのは気に食わないな」
ああ、そういうチャンネルあるある。
「その辺の合成音声の闇に切り込むのは難しいな、そっちはどうやって逃げてるのか知らないけど消されないのは奇跡みたいなものだな」
全文引用が禁止なのは当然だが、平気でそういうことをしているチャンネルがある。以前文字を垂れ流す動画があったが、そいつらがこぞって収益化して運営がブチ切れたあげく文字のみ動画を大量に消したことがある、まさに動画サイトの闇だった。
「ところで言っておくが歩きスマホはよくないぞ」
さっきから津辺は歩きスマホをしていたのでたしなめた。俺もやるのであまり人のことは言えないのだがな。
「悪い悪い、ヨミちゃんの動画が見たくってさ」
「家で見てきたんだろ?」
「バカ、外でも一緒にいたいに決まってるだろう?」
「さいですか……」
思った以上ののめり込みようだった。泥沼に沈んでいる自覚はあるのだろうか? Vの沼はとても深いぞ? 毎回高額のスパチャが飛び交う世界に参加したいとは思わない。赤色を見ると一人焼き肉でたらふく食べてもお釣りが来るのでは無いかと心配になる。
「しかしブンタも懐が深いよな、アイツくらいだろ、ヨミちゃんのレビューを黙認してるの」
「色々事情があるんだろ。そもそも引用の範囲を拒否することも出来ないしな」
ヨミの場合人格攻撃的な物言いが問題だったのでは無いかと思うのだが、そこを指摘しても直すようなやつではないだろう。そもそも指摘の方法がつぶやいたーくらいしか無いのでいきなりDMを送りつけるような手段しか無い。そんな方法をしたらヨミが動画で晒しかねないのは周知の事実だ。
「なんにせよアイツが今のヨミちゃんが安全にレビュー出来る数少ない作者だからな。頑張って欲しいものだとは思うよ」
「そうか……そうだな」
津辺から命なものを見る視線が送られた。
「どうした? 並もヨミちゃんの素晴らしさが分かったのか?」
まったく、コイツは何時まで経っても信者なんだな。しかしまあ、一つのものに執着するのは嫌いじゃないよ。
「いいんじゃないか? ヨミだって熱心なファンがいて喜んでるだろ」
「だよな! よし! 早いとこ校舎の中に入ろうぜ! 歩きスマホがダメなら教室で見ればいいんだよ!」
教室でVTuberの配信ログを見るのもどうかとは思うのだが、校則にVTuberなどという新しい概念を対応させることも出来ないので全年齢対応の動画なら授業中以外は見てもいいことになっている。あくまでも普通のMeTuber相手の対応だと思うのだが、一々全パターンに対応出来るほど校則は細かく出来ないと言うことだろう。
そして二人で学校の校門を通り、久しぶりに予鈴までまだ時間のある時に登校出来た。
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