第26話「休日に生活リズムを崩すと後で困るよね」
俺の目が覚めたのは土曜の日が沈んでからそれなりに時間が経ってからのことだった。いい加減完成させないと旧作がランキングから落ちるのではないかと不安になっている時に目が覚めてしまった。
いくら休日であって寝ていてもいいからといっても、深夜にさしかかった頃に目が覚めたのは頂けない。出来れば日曜朝に目を覚ますべきだった。
しかしどれだけ疲労が溜まっていようと睡眠時間が無制限に延びるようなことはない。一日徹夜をしたからといって二十四時間寝るようなことはないのだ。
ちょうど日が変わりそうな時間帯だったのでPCを起動させた。起動したら書き溜めている小説の入ったディレクトリを開き、ブラウザも起動し投稿画面にセットする。多少のアクセス数もあるだろうと日が変わって一分後を待った。ディスプレイの右下に出る時計が零時零分を指したのでテキストファイルを開いて小説をコピーする。
そして数十秒後、時計が零時一分に切り替わったので投稿画面に小説をペーストして投稿ボタンを押す。零時一分、それが登校時間になった。一応これで一日のアクセス数は朝に投稿するより多少は長くなる。人の少ない時間帯であるが、それでも一時間でも長く一日の新作を見てくれる時間が長くなる計算だ。
そして気にしだすとキリがないのでアクセス解析の画面を閉じて寝る前に確認するようにした。アクセス数を気にすると一時間に何度もチェックするような神経質な事をしてしまう。だから投稿したら一日すっかり忘れてしまった方が精神的に楽なのだ。無論気になることではあるのだが、気にしすぎるのもよくない。
投稿作業の最後につぶやいたーにシェアするリンクをクリックしてそれほど多くないフォロワーに通知する。その時昨日見たアニメの作者のフォロワー数を見てみると五桁の数字になっていた。俺は到底届かないものに焦がれるのはやめてそっと必要無くなったタブを閉じた。
「さて……俺は自分にできることをするかな……」
結局俺には書くことしか出来ない。立派な文章でも美麗な文章でも凝りに凝ったレトリックもない。ただただヒロインを描く文章、それを紡いでいくくらいしか出来ないのだ。絶望はしていない、凡人には凡人の出来ることがある、ただそれを続けていくしかないのだ。
そういえば、ヨミは深夜に投稿しても俺の作品をチェックしているのだろうか? チェックされているとしたら少し怖いし、まあ普通はそこまで熱心にはしない。精々がブックマークから更新されていることを知って閲覧に来るくらいのことだろう。
更新をして少しして、隣の良子の部屋からパタパタとした音が静寂に包まれた夜中に聞こえてきた。まだ起きているのか。まさか俺が更新したのにもう気がついたのだろうか? あり得ないとは言えないところが少し怖いな。
土曜日の夜は時間がたっぷりある。のんびり書いていけばいいだろう。しかし……旧作をいつまで続けるかな……そろそろ新作と行きたいところだが、書きやすい既存の方から書いていくか。
ワープロソフトを起動してタイピングに移る。考えながら必死にタイピングをしていく。途中で指が止まるがそれでも少し考えて強引に進めていく。長編の続編なので設定は固まっているのだが展開の方は未定だ。
ここはちょっと……という部分も無理矢理辻褄を合わせて無理矢理キーボードに指を叩きつける。強引なストーリー展開を開き直って進める、さすがにレジェンド漫画家の『無かったことにしてください』は禁じ手だと思っているが、最悪過去の部分を書き直すくらいの覚悟で進める。
そうして打ち込んでいると時計が三時を指しており、もう少ししたら夜明けがやってくるような時刻になった。その時間を書くことに使うべきだろうかと考える。夕食を食べていないので腹は減っているのだが血糖値を急激に上げてそこからインスリンで一気に血糖値が下がれば気絶するように寝てしまう。それは避けたいので俺は過剰なエネルギーを摂取しないように机の引き出しを開けてカロリーブロックを取り出した。これなら血糖値が過剰に上昇するようなことはない、食べ過ぎないのは前提だがな。
冷蔵庫から持ってきたエナドリの小缶を開けてカロリーブロックをかじる。口の中の水分が一気に吸われるのでエナドリで水分補給をする。お世辞にも長生きしたり健康に生きたりを希望する人間の食生活ではないが、将来に希望がこれといって無い俺にはぴったりだと思う。
小さなショートブレッドなのであっという間に食べ終わりエナドリで口の中を潤す。多少は目が覚めたような気がしたのでキーボードとディスプレイに向き直る。
「さて……書くか」
隣の部屋に良子がいて、壁が薄いという状況でキーボードにメカニカルキーボードの赤軸を選んだのは正解だったと思う。青軸をカチャカチャ言わせながらキーボードを叩いていたら深夜に壁ドンをされても無理はない。タイプ音が響かないように下にラバーマットを敷いて音が出来るだけ伝わらないようにしている。幸いなことに何も文句を言われないので、きちんと静音化は出来ているようだ。
そこで別窓に開いていたつぶやいたーに通知が来た。何かと思って閲覧してみるとつぶやきにいいねが付いていた。ただ付いただけなら嬉しかったで終わる話なのだが、問題はいいねをつけたアカウントだった。
「ヨミ・アーカイブの公式アカウントからのいいねか……」
ヨミにはヘイトを集めて閲覧数を稼ぐためになりすましアカウントが多数ある。しかし現在いいねをつけたのは最古のアカウントだ。企業勢のVTuberではないので公式という言い方が適切かどうかは分からないが、間違いなくヨミのアカウントだった。
俺はまたレビューされるのか……と不安と期待が混じった感情で書き進めていき、朝方空が白み始めたところでベッドにダイブした。
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