第44話 真実と嘘(2)
「シャルネ様、祈りの儀式の時間です」
神官に促され、部屋を出る。扉をあけるとそこには豪華に装飾された廊下が続いていた。
そしてそこには見張りの騎士が立つのみで見送りの者は誰もいない。
枢機卿が失脚する前は何人もの神官が立ち並び出迎えがあったのに。
閑散とした廊下に歯ぎしりする。
(こんなことになったのもみなセシリアのせいだわ)
あの裁判からすべてが狂い始めた。
皆に愛される優しい聖女シャルネは卑怯な手で平民を陥れる悪女に祭り上げられた。
シャルネが最も得意としていた情報戦すらもあの女はシャルネの上をいってしまったのだ。
もう緑の民の降臨式をまち、エルフたちに迎え入れられるしかない。
エルフに迎え入れられれば、エルフの国で崇め祀られ、子を授かり人間界に戻った時には子をめぐって皆ちやほやしてくれるはずだわ。
再びがしがしと爪を噛みだすシャルネ。
「聖女様?」
扉の前で立ち止まったシャルネに緑髪の神官が不思議そうに尋ねる。
「なんでもありません。行きましょう」
★★★
「セシリア様の様子はどうだ?」
ゴルダール領地の首都にある領主の館でディートヘルトは部下に尋ねた。
もともと栄えていた都市だけあって作りの豪勢なその城で、ディートヘルトは外を見下ろす。
聖女セシリアのおかげで、魔瘴核の被害で酷い状態だった都市は以前にも増して栄え賑わってている。
それなのにそれと反比例するかのようにセシリアは体調不良で倒れる事が多くなった。
「……最近、寝たきりの事が多いようです。
エリクサーを飲んでも一時しのぎにしかなりません。
何人もの医者に見せていますが理由がわからない状態で……魔瘴核を壊したことによる呪いでしょうか?」
「わかった。これ以上は仕事をさせないようにしてくれ」
いくら止めても本人は譲れないと仕事をしてしまって、なかなかディートヘルトの言う事を聞いてくれなかったが、さすがに倒れるようになってからは素直に寝ている事が多くなった。けれど体調は一向によくなる兆しがない。
神官に調査させても、体に悪いところはないのに何故こうも弱っているのかわからないという返事がかえってくるだけなのだ。
「それにしても、本当に帝都である神子(エルフ)の降臨式に参加すると?」
「はい、それだけは譲れないと」
「……そうか。わかった私から説得してみよう」
「ディ!」
ノックをして返事とともにセシリアの部屋の扉をあけると、いつもよりだいぶ顔色のよくなったセシリアが、花瓶に花をいけながら嬉しそうに振り向いた。
「体調はどうですか?」
「今日はだいぶよくなりました。調子がよかったので中庭で花を摘んできたんですよ」
「それはよかったです」
「それより、ディこそどうしたんですか?
またエルフの降臨式に行くなと説得にきましたか?」
くすくすと笑いながら花を花瓶にいける。
「ええ、貴方の体調を考えれば長旅は危険です。
体に異変がないのに体調が悪いというのは前例がない。
なにがあるかわかりません」
「……ディ。あなたは夢が目前に迫っているのに諦めろと?
今までの私の努力を無駄にしろとそんな無情な事をいうつもりなのですか?」
「ですが、死んでしまっては元も子もありません!
シャルネが禁忌を使って金色の聖女の力を手に入れたとしても、エルフたちはそれでも何食わぬ顔をしてシャルネを連れて行くでしょう。
彼らがほしいのは金色の聖女本体ではありません、金色の聖女の力です!
行くことに意味があるとは思えません!」
そう、枢機卿が失脚したことにより、ディートヘルトの潜ませていた神殿の密偵もかなりの地位を得、情報を得られるようになった。
そしてわかった事はエルフが欲しているのは高貴なる血でもなんでもない、金色の聖女の力をもつものと性的関係をもつことで得られる神聖力。
その神聖力で王位争いを優位に進めるだけ。
「エルフはエルフの王族の争いに人間界を巻き込んでいるだけなのです。
聖女との子を人間界に返すのは、人間の世界を思ってのことではなく、人間のためだといいながら体よく追い出しているだけ、彼らに公平な判断を求めるのは間違っています!」
「だからです」
「え?」
「だからこそ、エルフとその公衆の面前でシャルネが禁忌をつかって力を奪った事を公表しなければいけません。
エルフが神聖力を必要とするのはただただ、神に近い力、黄金の力を手入れたという、実績がほしいだけ。
エルフの王家は特別というブランド力のためだけに手に入れようとしています。
エルフも公衆の面前で発表された卑しい聖女と関係をもてば王位争いに不利になるため連れて行けず、シャルネも失脚するでしょう。
代々続く悪習を立つチャンスです。お願いです。ディ、力を貸してください」
そう言ってセシリアはそっとディートヘルトの手をとった。
セシリアにまっすぐ見つめられ、ディートヘルトは困った風にため息をつく。
「……わかりました。行きましょう」
「ありがとう。ディ」
ディートヘルトの手をとりながら顔を赤らめてセシリアはにっこり微笑んだ。
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